第2話 本能寺の変 発生
★1583(天正11)年1月1日
元日早々から…
明智光秀は京都・本能寺において主君・織田信長を自害に追い込んだ…
さらに…
結局…
信長麾下の有力武将としての栄達をすべて投げ打って臨んだ必死の賭けにも敗れ、夢潰えた名将…時に享年56歳であった。
羽鳥能高
「…ということで、史実より7ヶ月遅れて本能寺の変が発生しました。織田信長の自刃→羽柴秀吉の中国大返し→山崎の合戦→明智光秀落命、史実どおりの展開でございます」
大和武蔵
「主君の仇を討った羽柴秀吉が今後の主導権を握ることになりそうですが、問題は他の重臣たちの動きですな。特に柴田勝家あたりがすんなり秀吉に与するとは思えません」
剣持翔鷹
「こりゃ、ひと波乱ありますな…おっと、また忍びからの連絡ですぞ」
1583年1月、清洲において、信長亡き後の織田家の今後を討議すべく織田家の宿将たちが集まったが、この席上において、信長の後継者を巡り、羽柴秀吉と柴田勝家は激しく対立した。
★1583(天正11)年2月
さて…繰り返すようだが、このあたりまでの流れはほぼ史実どおり。ついでに、大宝寺家当主・義氏殿には一刻も早くあの世へお引き取りいただきたくなったので、セーブデータエディタを使ってちょこっと仕掛けを施して…と
天城「何じゃと! それは大変だ。よし、すぐに参る!」
そのまま、義氏殿ご逝去。時に1583(天正11)年2月1日。

これで晴れて大名に。
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天城大鷹
椿桜花






































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