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第3話 米の売買で荒稼ぎ

5月4日、まずは米の価格が安い近江国・今浜へ。

太閤立志伝5攻略史

米屋で1千石ずつの購入と売却を繰り返して(非常に面倒!)、価格をめいっぱい引き下げる。底値まで下がったところで、今度は有り金すべてをはたいて在庫米を購入。もちろん、算術・弁舌の技能を活かして買い叩く。

で、購入した大量の米を相場の高い町で売る。今回はこれらの町での相場が高かった。

5月6日、清洲。

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5月12日、雑賀 → 5月13日、姫路。

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その途中、立ち寄った堺で、有名なこの人との邂逅。

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ついでに南蛮商館でこんなものを購入。これは、女房をGETする際にダメ押しのプレゼントとなる財宝を購入するための布石である。

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5月15日:石山。

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ついでに石山本願寺にも寄って、下間(しもつま)仲孝ら武将と顔つなぎ。

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5月18日:河内国・飯盛城。三好家の家臣たちに茶をふるまう。

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5月26日:近江国・小谷(おだに)城。ここでは浅井家の家臣たちとお近づきに。

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6月2日:近江国・観音寺城では六角家家臣。

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6月10日:山城国・二条城

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体調不良を訴える細川晴元に薬を差し上げた。

人物情報【細川晴元 1514~1563】
細川京兆家当主。室町幕府管領。家宰の三好元長の助力で、足利義晴の弟・義維を擁立。管領・細川高国の放逐に成功し、畿内に政権を確立した。しかし、間もなく元長の子・長慶と対立。長慶によって京都を追放された。

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6月20日:尾道。商家・小西屋で武具を購入し、さっそく装備。

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6月21日:吉田郡山城に帰着。

毛利氏の宿敵・尼子氏の当主である尼子晴久が没し、嫡男・義久が家督を継いだとの情報。

史実では、尼子晴久は1560年12月24日朝、居城の月山戸田城で手水のため縁先に出た際に倒れたとされている。この世界では半年ほど早く死を迎えたことになる。

主命の成果を元就殿に報告。

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課せられたノルマは8千石の購入だが、その倍の1万6千石を上納。

ただし、米転がしで得た利益はそっくりそのまま我が懐へ。これから先、カネがないことには行動のバリエーションが広がりませぬゆえ。

ノルマさえ達成しておけば、大殿・元就公から叱責を受けることはないし。

結局、当初の所持金は3093貫800文で現在は27902貫900文。購入資金として与えられた3000貫を差し引いても、21000貫あまりの儲け。

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