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2009年7月

第2話 武芸を極めて仇討ちで稼ぐ

5月3日、倉敷帰着。座で仕事の結果報告。

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矢継ぎばやに次の仕事は…

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温泉津へ向かう途中で、尾道の大西屋に立ち寄り具足を購入。

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これで一応武具は揃った。

5月6日、中国地方を横断して山陰・ 温泉津 到着。

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仕事をすませて、倉敷にとんぼ返り(5月8日帰着)。次は…

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今回のプレイで初めて 京都 に(5月12日到着)。

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本因坊算砂(囲碁の棋士)に「方丈記」(鴨長明著)を手渡しして、そのお住まいを辞去した直後、興味深い人物が京都に住んでいることが判明。毛利氏に滅ぼされた尼子氏の残党・ 尼子勝久山中鹿介 である。

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試みに山中鹿介を訪ねたところ、留守だった。

戦国大名としての尼子氏は1566年11月26日の月山富田城落城で滅亡したとされているが、その後も遺臣である山中鹿介や立原久綱らは、新宮党の系譜を引く尼子勝久を擁立して各地で抵抗を続けている。1575年といえば、第一次尼子再興戦で一時的な成功を収めたものの、布部山の戦いで毛利軍に敗れ、新山城を追われて京都に逼塞していた頃。確かに史実どおりだ。

医師・ 曲直瀬(まなせ)道三 を訪ねて、薬を購入。

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人物情報【曲直瀬道三 1507~1595】
医師。名は正盛。近世医学の祖。田代三喜斎に師事して医術を修得し、京都で医療に専念した。のちに医学校を創設。数百名の門弟を擁し、その名声により朝廷や足利将軍家、織田信長や毛利元就ら諸大名に厚遇されている。茶道にも通じていた。著書に「啓迪集」がある。

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風邪薬といいながら、もちろん風邪以外にも効能を発揮します。

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第1話 剣豪(の卵)登場

前回シリーズ「武士・天城大鷹」では、天下統一に至る後半の連続攻城戦でいいかげん飽きがきたこともあり、レポートがおざなりになってしまった(悪いクセです)。

さて、今シリーズのテーマは 「剣豪」 で、主人公はこの方。

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「剣 翔鷹」 と書いて 「つるぎ しょうよう」 と読む。何だかまた航空母艦っぽい(実在はしていない)ネーミングだが、これは自分の趣味なのでご容赦を。

攻略本&サイトによると、剣豪プレイでのエンディングは次のとおり。

1:天覧試合で優勝
2:弟子(主人公を師匠とする人物)が20人以上
3:自分の道場の門弟が1万人に到達
4:刀剣の秘技を全て習得
5:兵法指南役を務める大名家が天下統一

他の職業よりも多くのエンディングにチャレンジできる点が剣豪プレイの魅力かも。

で、今シリーズでは上記のうち 1~4 のエンディングに挑戦してみたい。5を除いたのは、大名家と極力関わりを持ちたくないから。必要に応じて武士の立場を利用させてもらうことはあるにせよ、無能でエラソーな大名どもに利用されるのはゴメンです。

自由に、かつ、できるだけ時代の雰囲気に浸りながら進めていきたいと思う。できるだけ…ね。

1575年4月5日がシナリオ「覇道の章」の開始日。場所は備中国の 倉敷

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ここを最初の拠点とした理由はいくつかあって、おいおい述べていきたいと思うが、一つにはこの町に武芸レベルを上げるための道場があるから。

もっとも、主人公は「剣豪」型なので最初から武芸レベルは3。ただ、剣の道に生きるためには早いとこレベルを4、あるいはMAXに引き上げる必要があるし、実力にふさわしい武具も装備しておきたい。いつまでも脇差と鎖具足じゃサマにならんだろう。

ということで、武具購入のための資金稼ぎから。まずは無難に…

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即日、倉敷を出立し、瀬戸内海を石山本願寺までの船旅。石山から京までは西国街道、京からは琵琶湖西岸を経て敦賀に至り、そのまま北陸道を北上して、4月11日富山着。わずか7日間の旅程である。

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あまりにも速いので、気になって少し調べてみた。

江戸時代には、江戸-京都間は徒歩で約2週間を要したらしい。1日約35キロのペース。陸路のみを考えると、大坂-富山間約350キロだけでも10日かかることになるので、このゲームにおける陸上の移動は馬を利用しているに相違ない。

富山からの帰りに堺に立ち寄り、茶人・ 千宗易 のもとへ。

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人物情報【千宗易 1522~1591】
堺の町衆。茶人。宗易と号す。のち利休居士。侘び茶の完成者。古い風潮にとらわれず、新たな趣向を茶の湯に取り入れて独自の境地を開いた。初め織田信長に茶頭として仕え、のち豊臣秀吉に重用されて政治にも関与。しかし、秀吉との関係が次第に悪化し、ついに切腹を命じられた。

ここへは茶器の値段を確認するために来た。前述のように、大名家とは距離を置いて生きるつもりだが、個人的には親密になっておいたほうがよい武将も多数おり、それには茶席でもてなすのがてっとり早い。そのためには早い段階で茶器が必要になってくるわけ。

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ご覧のように、価値5になると値段がハネ上がるので、狙い目は価値4の高麗茶碗あたりかな。

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第26話 強引にエンディング

まだ伊達を屈服させるには至っていないが、いいかげんダルくなってきたので、天下統一はほっといて「正一位」エンディングを目指すことにする。ちなみに、現在の官位は「従二位 内大臣」。

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あともう少しだ。カネにモノを言わせて、官位を買い漁るぜ。いずれにせよ、天下が見えてきたので…

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で、戸次鑑連の提案。

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1581年8月1日、クソ暑い最中の大茶会。マジかよ。

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いえいえ、どういたしまして。それより、いつぞやはごめんなさいね、島津さん。茶室に監禁なんかして…

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第25話 武田氏も配下に

さて、今度は武田家との激突である。

6月18日、武田家・穴山信君軍団との野戦。

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8月3日、こっそり那古野城に潜入。ダメもとで武田勝頼に寝返りを打診。

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自分で仕掛けたことながら信じられん。羽柴秀吉の転向にも驚いたが、それよりあんた、武田家のお世継ぎでしょうが。それが自分の立場と責任を完全に放擲して、他家の旗のもとに走るとは…。なるほど、武田家が滅亡するわけだ。

その後も地道に東進。

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さすが信長、やるときゃやる。

年の瀬も押し迫った12月30日には、北条氏従属に成功。

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凋落著しい武田家に対し、翌1578年5月、本拠地・躑躅ヶ崎館を急襲。

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落城を目前にして、武田信玄と面会。当家への従属を勧告したところ…

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ただ、感情はかなり悪いまま。

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ところで、毛利陣営への盃外交ならぬ茶会外交のおかげで、60ヶ月続くとされていた攻込名分の残りが38ヶ月にまで減っている。喜ばしい。このままいくと、輝元との和解も可能か?

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第24話 近畿統一&織田家滅亡

ついに支配力で第1位に。

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あとは天城製スチームローラーでひたすら織田領を押し潰していくのみ。以下のような出来事をおりまぜながら…

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さて、朝廷から和解勧告を受けたにもかかわらず、いっこうに態度を軟化させようとしない毛利輝元。何とか現状を打開する手がないかと、いろいろ考えた末、茶会を利用することにした。

謀反の後に知り合い懇意になった毛利家の吉川広家と、当家の家老・成松信勝を茶室に招き…

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茶会を執り行うと…

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こいつを繰り返して、毛利家との関係を正常化しよう。

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第23話 羽柴秀吉をヘッドハンティング

さて、ここらで宿敵・毛利氏の状況を。

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なんと軍資金がゼロ。哀れな…

いつの間にやら、海賊(水軍)を3つ支配。

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後になってみれば、淡路水軍は織田との戦いでそれなりの活躍を見せてくれたが、五島水軍はあんまり…。まあ、島津の動きを海上から封じ込めてくれたことにしておこう。ちなみに、淡路水軍の頭領・安宅信康は三好長慶の甥っ子にあたるらしい。

1575年1月22日。相良家から使者が

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支配力で武田を抜いて第3位に。

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3月27日、赤松家と山名家から使者が

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喜んで受諾いたす。

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第22話 広島城 増築

天下をうかがう大名にふさわしい居城を…ということで、広島城をハイペースで増築。最初はこういう佇まいだった城(というより砦)が…

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2月6日には…

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3月10日には…

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そして4月11日、巨大城郭に様変わり。墨俣一夜城顔負けの超突貫工事である。

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そんなことをしている間に、世間では織田と武田の抗争が激化の一途、さらに三好と長宗我部のドンパチも激しくなってきた。

7月8日、鳥取城にて。

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三好vs長宗我部だが、一方的に長宗我部が押しまくり、ついに三好は四国から撤退を余儀なくされた。

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8月26日時点の外交関係はこんな具合。

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外交的危機は完全に脱したとみていいだろう。

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ありがとうございます。官職に就いたからといって特に手枷足枷がはめられるわけじゃなく、献金程度で支配の正統性が認められるのだから、利用しない手はない。

9月12日、河野氏に臣従を要求。

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肥前の松浦氏も…

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支配力では織田に次ぐ第4位に成長した。

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第21話 居城を広島城へ

岩屋城攻略で、和平申入れに訪れた毛利方武将はなんと前田玄以。

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さらに、旧尼子家残党の尼子勝久や山中鹿介も城に籠っていたようで、全員まとめて配下に糾合。文字どおり寄せ集め軍団である。

9月27日、久留米城を攻略。これで九州の毛利領をすべて併呑。ここより南は島津領である。

幸いなことに、天城と島津はお互いが敵(毛利)の敵ということで、そこそこ良好な関係のようだ。天城家としては、ギリギリまで毛利を追い詰めておきたいので、島津とは事を構えることなく兵を東に返すことにする。

11月6日から石見攻略、さらに10日遅れで安芸攻略を開始。益田城、桜尾城、佐東銀山城を瞬く間に攻略。

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明けて1573年1月2日。肥前平戸の松浦家と同盟締結。

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明けて1573年1月5日。

武田信玄の軍が、ついに織田の本拠地・安土城を攻め落とした模様。こりゃあ、ウチ(天城家)よりも先に、織田は武田に食われるぞ。

3月3日から、吉川元春の山吹城攻めを開始。珍しく難儀しながらも、本丸を残すのみとなった段階で、降伏勧告を行うも…

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さすがは元春殿。では、やむを得まい。20日の総攻撃で城を落とす。城から逃げ遅れた吉川元春の次男・繁沢元氏を捕らえ、登用。

3月27日、安土で大谷吉継を勧誘。

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人物情報【大谷吉継 1559~1600】
豊臣家臣。越前敦賀城主。通称・刑部。秀吉に小姓として仕えて信任を得てのち、賤ヶ岳合戦で功をあげて出世する。秀吉没後は徳川家康に接近したが、親友の石田三成に請われて関ヶ原合戦では西軍に加担。奮戦したが、東軍に寝返った小早川秀秋隊の攻撃を受けて戦死した。

4月24日、三原城を攻略。

5月2日、岡山城に赴いて宇喜多直家と同盟締結交渉。成功。

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7月5日から甲山城攻略を開始。

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まあ、そう言うなよ。下克上の世、いろいろあるわな。んで結局、7月11日には攻略成功。さらに8月14日、三刀屋城攻略。

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いよいよ、織田はケツに火が点いたものと思われる。

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第20話 対馬(宗家)攻略

赤間関の下関屋にて。

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親毛利の伊予・河野家と和解。

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そのまま京に上り、菊亭晴季邸を訪れて治罰綸旨をお願い。

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これで何はばかることなく、対馬攻略が可能になった。いわれなき中傷で朝敵にされた宗家、哀れ。

さっそく、はるばる海路で対馬へ。

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はい、どうぞ。

家臣の大石智久は登用に成功した。

人物情報【大石智久 ????~????】
宗家随一の勇将。朝鮮出兵の折に、平壌城で窮地に陥った際に、単身櫓に登って田色を見いだしたという。また、弟とともに虎と格闘して退治したという伝説も残っている。帰国後に勲功を賞され対馬佐護郡代に任じられた。

10月16日、京にて。行き倒れ寸前の旅人に水を恵んでやったところ…

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このクソジジイ、まだ生きておったか。いい加減、往生しやがれ。

11月23日、且山城に訪問者が…

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いきなりやって来て「家老にしろ」とは、随分あつかましい話だが、あまり深く考えずにOKしてやった。しかし後になってみると、やはりこの男、たいして役に立たんかった。

人物情報【那須資晴 1557~1610】
下野の国人。資胤の嫡子。下野鳥山城主。那珂川の戦いで佐竹義重を撃破、薄葉ヶ原合戦では宇都宮軍に大勝し、近隣に武名を轟かせた。豊臣秀吉の小田原征伐の際に遅参したため、所領を没収された。のち陳謝し、五千石を回復する。

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