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第4話 対安東戦 開始

★1583(天正11)年9月22日

安東氏の本拠・檜山城下に赴き、安東家家老の浅利勝頼を訪ねる。

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ほらね。あっさりと寝返り。

このように、能力的にも性分的にも問題の多い男なので、いずれ解雇の可能性もあるが、現時点では敵の戦力を削ぐことに変わりあるまい。

その足で檜山城に当主・安東愛季を訪ね、宣戦布告。

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★1583(天正11)年9月24日

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Amagi 天城大鷹

「ちょっと待て」

Asari 浅利勝頼

「はい?」

Amagi 天城大鷹

「史実では、賤ヶ岳の戦いが4月21日、岐阜城にこもる信孝が、秀吉サイドの織田信雄(信長の次男)に投降したのが4月24日、それから秀吉の命で信孝が自刃したのは5月2日、トータルで10日あまりしか経っていない。それなのにこの世界では、3月初めの賤ヶ岳からすでに半年以上が経過しているではないか。その間、織田信孝はいったいどこで何をしていたんだ?」

Asari 浅利勝頼

「それは…拙者にはわかりかねまする」

Tsubaki 椿桜花

「信雄がかくまって説得を重ねる一方、秀吉に対して信孝の助命嘆願をしていたのかもしれませんね」

Yamato 大和武蔵

「結果として自刃は免れたということか。それにしても半年は長いな…」

織田-羽柴の動きはそれくらいにして、天城軍はいよいよ湊城に向けて出陣である。

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Amagi 天城大鷹

「構わぬ。そんなもの、いちいち気にしていられるか」

★1583(天正11)年9月26日

雄物川河川敷で、天城軍1万4千と安東軍1万が激突(雄物川の合戦)。

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山(丘陵部)に陣取って敵の接近を待つ。弓または鉄砲の射程距離に入ったら、比較的兵員の少ない備に攻撃を集中して各個撃破。状況に応じては、山を下って接近戦を挑む。その場合も、単独の備で敵に対峙するようなことはせず、できるだけ包囲陣形を構築し「連携」や「一斉攻撃」の特技を使って、敵を殲滅するという戦法。

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実際の野戦ではそう簡単にいくはずもないが、この世界では正攻法でしょ。前シリーズにおいて、2倍近い毛利の大軍(総大将は宍戸隆家)をこの方法で潰滅させて以来、天城軍の標準戦法となった。

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続いて湊城攻防戦。

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Amagi 天城大鷹

「桜花、おぬしは女子なのだから『陥落しましたぞ』はないだろう。『ぞ』は」

Tsubaki 椿桜花

「あら、これは失礼。初めての戦に舞い上がって、つい女であることを忘れておりましたわ」

Yamato 大和武蔵

「そんなことより、4日前に叩きのめしたばかりの安東愛季が援軍として舞い戻ってまいりましたぞ」

Kenmochi 剣持翔鷹

「ちっ。性懲りのないやつらだ」

天城軍1万2千 vs 安東軍3千4百。結果は改めて記すまでもないだろう。

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★1583(天正11)年10月4日

結局…

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これにて、湊城攻略成功。すかさず居城を尾浦城から湊城に移し、引き続き安東家攻略を進める。

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湊城は安東氏が室町時代に築いた城。城下の土崎湊は、もともと平安時代に蝦夷討伐軍が補給拠点として開いた港で、江戸時代には北前船の寄港地でもあった。現在の秋田港は、当時の土崎湊の場所に建設されている。

★1583(天正11)年10月7日

3000貫ばかり施しをして、湊城下の住民安定度を上げる。手をこまねいていると一揆が発生するんだな、これが。

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★他の「太閤立志伝5」プレイレポートは「芸急歴史資料館」で。

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