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2010年3月

第15話 対伊達戦 開始

5月24日。

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人物情報【最上義守 1521~1590】
最上家十代当主。中野義清の次男。二歳のとき、伊達家に介入されつつも家督を相続した。のち伊達家の内紛に乗じて勢力を拡げ、最上家を立て直した。その後、次男・義時に家督を譲ろうとしたために長男・義光と対立。義光により、強引に隠居させられた。

1586(天正14)年6月5日。米沢城を訪れ、伊達政宗に喧嘩を売る。

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ま、予想どおりと言うか、当然だな。

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Amagi 天城大鷹

「これで、伊達氏の天城家に対する感情は、上杉氏に次いでワースト2になったうえ、今後半年間は当家を攻撃する大義名分ができたな」

Hadori 羽鳥能高

「攻めてこられるのは一向にかまいませぬが、外交で圧力をかけるのも一興かと」

Amagi 天城大鷹

「しからば、上杉あたりと誼を通じておくか」

10日経っても伊達が攻め込んでくる気配がない。それではこっちからいくぞ。

6月17日。

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「政宗」に喧嘩を売ったあと「正宗」を買った。

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第14話 佐竹・蘆名と同盟

年が改まって1586年(天正14)年。南部家を傘下に吸収した後は、しばらく平和攻勢で。

1月1日、堺付近にて。

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伊達家の仕業だろうね。

1月7日、黒川城にて蘆名家当主・蘆名盛隆と面会。

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2月10日、米沢城にて、有名な支倉常長と面会。

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人物情報【支倉常長 1571~1622】
伊達家臣。慶長遣欧使節団の一員としてスペインを訪問し、そこで洗礼を受ける。さらにローマで教皇パウロ五世に謁見するが、さしたる成果を得られぬまま帰国し、失意の内にこの世を去った。

目的はスペインとの交易だったらしい。

2月30日(?)、佐竹氏と同盟。

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人物情報【佐竹義重 1547~1612】
佐竹家十八代当主。義昭の嫡子。
常陸統一を果たしたのち、西は宇都宮家と結んで北条家の進出を阻み、北は蘆名家などと結んで伊達家の南下を制した。合戦に臨んでは「鬼義重」と恐れられるほどの猛将ぶりを発揮し、徐々に下野・陸奥に版図を拡大。佐竹家の全盛期を築く。

翌日には蘆名氏とも同盟。

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南進に備えて、居城を湊城から尾浦城に戻すことにした。

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3月27日、石山にて。

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人物情報【下間頼廉(しもつまらいれん) 1537~1626】
本願寺の坊官。石山合戦では十一世法主・顕如に代わって全軍を指揮し、鈴木重秀とともに「大坂之左右之大将」と呼ばれる。七年に及ぶ防戦に耐えたのち、顕如に従って石山を離れた。信長の死後は京都に戻り、豊臣秀吉に本願寺町奉行を任されている。

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