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2010年6月

第17話 徳川家に宣戦布告

貴重品ハンティングはもう終わりと思っていたが、調べてみると敦賀の川舟屋に…

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人物情報【道川兵衛三郎 ????~????】
敦賀の商人。名は三郎左衛門とも。川舟屋と呼ばれる海運業者の盟主。日本海の海運を利用して広く商売を展開した。また、蜂屋頼隆や大谷吉継ら、歴代の敦賀領主に仕えて、兵站なども請け負った。江戸時代に入ると、敦賀の町年寄にも任じられている。

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行商人からの購入物を鑑定。

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家来に茶をふるまって…

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4月8日、砥石山城攻略。4月20日、天神山城攻略。これで残るは小早川秀秋居城の岡山城のみ。

備中・備前を奪取した後は、さらに東進することになる。行く手に立ちはだかるのは…

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Sanadas 真田昌幸

「次なる攻略の大目標は…大坂ですな」

Motoujis 繁沢元氏

「とりあえず池田を征服して、その後…という順になりますか」

Hidemotos 毛利秀元

「いや。できれば池田はスルーしたい」

Nakajimas 中島重房

「では、山陰あるいは四国を迂回して畿内を目指しますか」

Hidemotos 毛利秀元

「直に播磨の徳川系勢力を攻める。武力にモノをいわせて弱小大名を踏み潰していくようなやり方はできるだけ避けたいのでな」

Sanadas 真田昌幸

「そうすると、播磨・三木城→摂津・伊丹城→大坂城というルートになりますか」

Motoujis 繁沢元氏

「ただ、どういうわけか当家は徳川家と同盟関係にありまするゆえ…」

Hidemotos 毛利秀元

「締結した記憶もないような同盟はさっさと破棄じゃ。わしが江戸まで行って家康と直談判してくる」

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第16話 備中・備前侵攻作戦 発動

8月23日、待てど暮らせど一向に挙兵する気配のない小早川秀秋を督戦するため、岡山城に出向いたところ…

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8月25日、近江国・長浜にて稲富一夢を勧誘。

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人物情報【稲富一夢 1552~1611】
一色家臣。のち細川・徳川家臣。鉄砲の名人で、稲富流砲術の始祖として名高い。初め一色満信に仕え、主家が滅亡すると細川忠興に属した。しかし忠興の勘気を被り、細川家を出奔。その後は徳川家に仕えて幕府の鉄砲方となり、国友鍛冶衆の組織化などに貢献した。

8月30日、岡山城。

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9月4日、岡山城。

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Hidemotos 毛利秀元

「おぬしは頭だけでなく、体も壊れておるのか。いい加減にするがよい」

9月7日、駿府にて山田長政を勧誘。

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人物情報【山田長政 ????~1630】
シャム(現在のタイ)の日本町の頭領。駿河の出身。朱印船に乗ってシャムに渡り、アユタヤの日本人町の頭領となる。その後、シャム国王の厚い信任を得て重臣の地位に上り詰めた。のちにシャム王家の内紛に巻き込まれて毒殺された。

9月17日、岡山城。

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Hidemotos 毛利秀元

「おっ、ようやく病は癒えたか。ところで、いつまで経っても攻めてくる気配がないので、こちらから喧嘩を売りに来てやったぞ」

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Hidemotos 毛利秀元

「今、初めて聞いたような顔をするな。先だって『さっさと兵を挙げろ』と告げておいたではないか」

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Hidemotos 毛利秀元

「会話の噛み合わぬ奴だな。もっとも貴様ごときの顔グラフィックや台詞を作るのが面倒だったという事情もあるが…。とにかく、貴様は四の五の言わずに早う仕掛けてくればよいのだ」

小早川秀秋を相手に好き勝手に毒を吹きまくったおかげで…

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9月20日、可児才蔵、部将に昇進。続いて9月27日、志賀親次、侍大将に昇進。

10月3日、大坂の本願寺准如宅にて。

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Hidemotos 毛利秀元

「ほほう。そなたは『呉子の秘奥義』がご入用か…。よろしい、進呈しよう」

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人物情報【本願寺准如 1577~1630】
本願寺十二世法主。顕如の三男。教如の異母弟。父・顕如の死後、法主の座を巡り兄・教如と争うが、豊臣秀吉の支持によって法主の座に就いた。のち教如が東本願寺を興して分裂するが、本願寺の地を移転して、よく隆盛を保った。

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第15話 宮本武蔵らを配下に

5月13日、京都御所にて後陽成天皇に拝謁&献金。

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近江国(現在の滋賀県)の国司ということだな。言うまでもなく名目だけのことだが。

5月25日、真田昌幸・佐世元嘉・高島正重の三人を、それぞれ部将・侍大将・侍大将に昇進させる。

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5月26日。

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5月30日、雑賀にて梶原景宗を勧誘。

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人物情報【梶原景宗 ?????~????】
北条家臣。紀伊熊野水軍の出身。北条氏康に招かれ、水軍を率いて仕官した。主に里見水軍との海戦で活躍し、のち武田勝頼との合戦にも参加している。豊臣秀吉の小田原征伐後、当主・氏直に従って高野山に移り、氏直の没後は故郷の紀伊に帰ったという。

6月1日、堺の南蛮商館で貴重品購入。

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6月27日、二宮就辰と下間頼廉をそれぞれ家老・足軽大将に昇進させる。

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6月30日、津山の宮本武蔵宅にて。

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Musashis 宮本武蔵

「貴殿は、あの吉光骨喰を所有しているとか…」

Hidemotos 毛利秀元

秀元「確かに吉光骨喰は持っておるが?」

Musashis 宮本武蔵

武蔵「実は拙者は、刀剣に目がないもので…」

Hidemotos 毛利秀元

秀元「ほほう…。それはそれは」

Musashis 宮本武蔵

武蔵「差し出がましいお願いではございますが、その吉光骨喰…拙者に譲ってはいただけませぬか」

以前、同様の状況で真田昌幸と会話を交わしたときにも思ったのだが、この場合は「差し出がましい」ではなくて「厚かましい」ではなかろうかと…。

Hidemotos 毛利秀元

秀元「えっ!? この吉光骨喰を…?」

Musashis 宮本武蔵

武蔵「その吉光骨喰を譲っていただけるなら、拙者は貴殿に仕えることをお約束いたします!」

Hidemotos 毛利秀元

秀元「わしの部下になると申すのか!?」

Musashis 宮本武蔵

武蔵「いかがでございましょう… 吉光骨喰、譲っていただけませぬか…?」

Hidemotos 毛利秀元

秀元「わかった。それがしも天下一の剣豪を召し抱えたい。吉光骨喰、進呈しよう」

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第14話 安芸・備後奪還作戦 終了

続いて攻城戦。

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戦いの最中に…

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Hidemotos 毛利秀元

「詳細はのちほど報告せよ」

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本丸を残すのみとなったところで…

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第一回交渉は失敗。

さらに攻撃を続行し、福島家の命脈が風前の灯となったところで…

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この男、えらく頑強だ。

Hidemotos 毛利秀元

「『誰の下にもつかぬ』と言いながら、家康への恭順を余儀なくされておられるではないか」

Fukushimas 福島正則

「それは…石田三成との確執以来のいきさつが…」

Hidemotos 毛利秀元

「これまでは『寄らば徳川の陰』も戦国遊泳術としてはやむを得ぬスタンスかもしれぬが、今後はそのしがらみが命取りになるやもしれませぬぞ」

Fukushimas 福島正則

「それはどういうことか?」

Hidemotos 毛利秀元

「家康が豊臣恩顧の大名をそのまま野放しにしておくとお思いか」

Fukushimas 福島正則

「…」

Hidemotos 毛利秀元

「何のかんのと難癖をつけて潰しにかかるに決まっておろう。実際、史実どおりに事が進めば、いずれ福島家は改易される運命にあるのですぞ」

Fukushimas 福島正則

「何ですと! それはまことか?」

Hidemotos 毛利秀元

「詳しく説明すると長くなるが、貴殿が行う広島城の無断修築が武家諸法度違反に問われるはずなのでござる」

Fukushimas 福島正則

「その…ぶけ…何とかというのは何か?」

Hidemotos 毛利秀元

「そこから説明せねばならぬか…。武家諸法度というのは、慶長20年に江戸幕府の二代将軍・秀忠が発布する法令で、武家に対する命令・禁止の規範が記されておりまする。その中に、城を修築する場合は事前の申請と幕府の許可を必要とする旨の記述があるのでござる」

Fukushimas 福島正則

「そういう決まり事が設けられるのであれば、それがしは無断で城を改修したりはせん」

Hidemotos 毛利秀元

「改修といっても、城の雨漏り箇所をほんの少し修繕した程度。その結果が改易とは、いくらなんでも仕打ちが過ぎるとは思いなさらぬか」

Fukushimas 福島正則

「…」

Hidemotos 毛利秀元

「それがしはこれにて陣に戻りまする。今後のこと、よくよく考えなされ」

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第13話 広島城奪還戦 始まる

領国支配を盤石なものにするには、武力のみならず内政にも気を配らなくてはならない。そこで、領国内の都市の「座」に投資して殖産興業に力を入れる。まずは…

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Hidemotos 毛利秀元

「6000貫ではいかがか?」

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Hidemotos 毛利秀元

「なんで急に言葉遣いが変わる?」

Zas 座の親父

「おっと、これは失礼。いや…うれしさのあまり、つい舞い上がっちまいまして」

9月24日、京都御所で後陽成天皇に献金。

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従五位上・図書頭。現在でいう国立国会図書館の館長みたいなものかな。

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ふと思い立って、はるばる奥州まで。10月29日、仙台城にて伊達政宗と初会見。

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3000貫を手土産に親善を図る。状況によっては、関東の徳川を奥州から牽制してもらう場面があるやもしれぬ。

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その帰り道…

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山口に帰着して、自ら鑑定したところ…

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さて、安芸・備後奪還作戦を継続する。

11月20日…

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12月5日…

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第12話 ついに挙兵

8月1日、京都からの帰途、岡山城下にて小早川家臣・薄田兼相を訪ね、勧誘。

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人物情報【薄田兼相 1570~1615?】
初め岩見重太郎。のち薄田隼人正兼相。小早川家や豊臣秀頼に仕えた。大坂冬の陣で博労ヶ淵砦の守備に失敗し、ただのお飾りという意味から「橙武者」と嘲られた。大坂夏の陣では雪辱するべく勇戦し、水野勝重軍と戦って討死した。

8月4日、山口に帰着。さっそく真田昌幸を訪ねて軍学を教えを受け…

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必殺技「風林火山」を修得。

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これで準備はひと通り整った。

Hidemotos 毛利秀元

「さて、安芸・備後奪還作戦じゃが、どう攻めるかの」

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Sanadas 真田昌幸

「城は、福島正則居城の広島城・佐東銀山城・吉田郡山城・三原城・甲山城の五つですな」

Motoujis 繁沢元氏

「最大の目標はむろん広島城ですが、調べたところ規模:26で巨大、防御度:140。いきなり強行突破するには少々骨が折れます」

Sanadas 真田昌幸

「この場合だと…どうやら三原城しかありますまい」

Hidemotos 毛利秀元

「ほう。やはりそうくるか。して、その理由は?」

Sanadas 真田昌幸

「まず、ゲーム攻略的な面から考えた場合、三原が福島殿の直轄城であること。『直轄地または城主の城→国主の城→大名の居城』という順序で落としていくのが原則と言われております。次に海に面していること。この海域は我らの支配下にある村上水軍が制海権を握っているので、補給が容易かと思われます。最後に、城自体の規模と防御度が比較的低いと思われること。これぐらいですかな」

Hidemotos 毛利秀元

「それがしも昌幸の見解に賛成である」

Motoujis 繁沢元氏

「ただ、ひとつ問題が…」

Hidemotos 毛利秀元

「どうした?」

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Hidemotos 毛利秀元

「わが毛利家の生地・吉田を含む安芸を領有している、というそれだけで十分な攻撃理由ではないか。イスラエルも『シオンの地に帰る』とか何とか言って、非道にもアラブ人をパレスチナから追い出し、むりやり建国して二十一世紀に至っておる。イスラエルに許されることが、当家に許されない道理はあるまい」

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村上水軍にも援軍を要請。

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第11話 家康と対決

7月2日、現役武将のヘッドハンティングに挑む。まずは最初の挙兵対象である福島正則の家臣・可児才蔵を。

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人物情報【可児才蔵 ????~1613】
美濃の出身。宝蔵院胤栄に槍術を学んだ武勇の士。初め斎藤家に仕え、柴田、明智、織田、羽柴と渡り歩いた。関ヶ原合戦で、討ち取った首級すべてに笹を差して目印としたため「笹の才蔵」の異名を取った。

続いて、志賀親次も。

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人物情報【志賀親次 1566~1603?】
大友家臣。豊後岡城主。親度の子。島津家の豊後侵攻に際し、岡城に籠もって奮戦。大軍勢をわずか千人の兵で撃退し、さらに近隣の諸城を奪回した。その功を秀吉に賞され、敵将の島津義弘からも「天正の楠木」と称賛された。

7月4日、山口城に戻り、行商人から購入した馬を鑑定したところ…

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さて、元豊臣系の浪人をスカウトするだけでなく、大名家から武将を引き抜くという、かなり強引なやり方で人材の拡充(というか、敵対勢力の弱体化)に努めているので、さすがにこれは徳川家康の耳にも入ることだろう。ゲーム中では出頭命令のイベントなどもちろんないが、ここはひとつ、家康から呼び出しをくらったことにして江戸城へ。

その江戸城下で思いがけない人物に出会う。

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人物情報【後藤又兵衛 1560~1615】
黒田家臣。名は基次。「槍の又兵衛」の異名を取る豪傑。主君・長政と不仲となり、黒田家を出奔した。その武勇を買われて諸大名から誘われるが、長政の執拗な抗議により浪人を続けた。のち豊臣秀頼の招きにより大坂城に入城、徳川軍相手に奮戦して討死した。

後藤又兵衛、大坂の陣で亡くなったのではなかったのか…

ともあれ、家康と会見。

Ieyasus 徳川家康

「そのほう、長宗我部や宇喜多の残党を配下に糾合しておるようではないか。いったい何を企んでおるのか?」

Hidemotos 毛利秀元

「配下に糾合とか企んでいるとか、人聞きの悪いことをおっしゃらんでください。これはボランティアです」

Ieyasus 徳川家康

「ボラ…何だと?」

Hidemotos 毛利秀元

「ボランティア。言うなれば慈善事業です。職を失って困窮している方たちを放っておけなかった、ただそれだけです。文字どおり『武士の情け』と言って良いかもしれませんな」

Ieyasus 徳川家康

「では、福島の家臣を引き抜いた件については?」

Hidemotos 毛利秀元

「ああ、あれはヘッドハンティング」

Ieyasus 徳川家康

「ヘッド…何だって?」

Hidemotos 毛利秀元

「ヘッドハンティング。優秀な人材を他社から引き抜くなんてことは、後世の民間企業じゃ普通に行っていることですよ。引き抜く者より引き抜かれるほうが悪いのです。魅力ある職場環境を提供できなかったということですからね。それがしを江戸くんだりまで呼びつけて難詰されるより、福島殿の不甲斐なさを叱責されたほうがよろしいのでは?」

Ieyasus 徳川家康

「余計な御世話じゃ」

Hidemotos 毛利秀元

「とにかく、今後は旧態依然とした武家社会の常識に縛られていては、飛躍は望めませんよ。時代とともにわれわれ武士も、もっとグローバルな視野を持たねば。もっとも、これから天下人として武士のみならず全民衆を治めていこうとされている徳川殿には、それこそ釈迦に説法でしょうな。失礼を申し上げました」

…という具合で、何とか煙にまいて退散したことにする。

Ieyasus 徳川家康

「直江兼続の書状にも腹が立ったが、あの男(毛利秀元)の無礼さたるや、言語道断じゃ」

…てなことになっているんだろう。

で、家康が怒ろうが横ヤリを入れようが、そんなことにはお構いなく着々と対決の準備を整える。

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第10話 続・商家巡り

2月10日、浦戸の播磨屋にて。

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人物情報【播磨屋宗徳 ????~1648】
土佐の豪商。通称は九郎右衛門。長宗我部家の招きで土佐に入る。特権商人として商業を行うかたわら、町年寄として城下の発展に尽力した。その後、土佐藩主に商業活動を禁じられ、町の運営に専念したという。宗徳が高知堀川に架けた「はりまや橋」の名が今も残っている。

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貴重品購入。

2月27日、平戸の南蛮商館にて。

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人物情報【リル ????~????】
一攫千金を夢見て、アムステルダムにアーゴット商会を設立。北海貿易で資金を蓄えたのち、世界に進出を果たす。海戦指揮にも優れた才能を発揮し、海賊の掃討などに活躍した。「大航海時代Ⅳ」の登場人物。

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貴重品購入。

3月12日、小浜の組屋にて。

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人物情報【組屋宗円 ????~????】
小浜の豪商。敦賀の道川三郎左衛門、高嶋屋伝右衛門と並んで日本海沿岸の流通を担う。豊臣政権下では、兵糧の運送や売却を請け負った。朝鮮出兵が始まると浅野長政の命に従って、浅野家・細川家の兵糧を肥前名護屋に運送した記録が残っている。

貴重品購入。

3月14日、京都の角倉屋にて。

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人物情報【角倉了以 1554~1614】
京の豪商。名医・吉田宗桂の子。土木技術を修得し、河川の開削事業などを積極的に請け負って、京の水上交通網整備に大きく貢献した。一方で、豊臣秀吉や江戸幕府より朱印状を受けて、子の素庵とともに安南(ベトナム)貿易を展開し、巨富を獲得した。

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貴重品購入。

京都の郊外で。

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おお、かの有名な剣豪ではないか。

人物情報【佐々木小次郎 ????~1612?】
剣術家。巌流または岸流と号した。富田勢源の弟子・鐘巻自斎に師事して中条流を学んだというが不詳。武芸修業のため諸国を遍歴し独自の流派を創始した。長大な剣と「燕返し」の剣技で知られる。細川家に仕官したのち、宮本武蔵と巌流島で試合を行い、敗れたと伝えられる。

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第9話 商家巡り

11月30日。

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安土-赤間関の販路では、このような品がやり取りされている。

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このうち、酢・味噌・醤油といった食料品が不足し始めているらしい。これらの品を他の町で大量に購入して赤間関の座で売り払えば、当面の品不足や価格高騰は抑えられるのだが、面倒だ。

対応策として、平賀元相を且山城主に任命した。荷留めは、同一地域(国)を同一人物(大名・国主)が支配している場合にその地域に発生するので、そうでないようにしてやればよい。

12月8日。

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Hidemotos 毛利秀元

「よし。村上水軍に貸しを作っておくか」

水軍の技能にたけた児玉就英を総大将とする部隊を派遣する。

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12月16日、京都御所にて。

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○○守とか○○介とかって、もともとは律令制で定められた国司の官名。今日でいう知事に相当し、守(かみ)は長官、介(すけ)は次官にあたる。もっとも、この頃(武家政権の時代)になると、国司といっても任地に赴くことなどなく、実権のない名目上の地位になってしまっている。ちなみに、「上総」って房総半島の中部。

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経緯を調べてみたところ、どうやら伊達政宗に攻め滅ぼされたらしい。みんな、好き勝手やってんじゃん。

12月18日、京都にて。

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人物情報【下間頼廉(しもつまらいれん) 1537~1626 】
本願寺の坊官。石山合戦では十一世法主・顕如に代わって全軍を指揮し、鈴木重秀とともに「大坂之左右之大将」と呼ばれる。七年に及ぶ防戦に耐えたのち、顕如に従って石山を離れた。信長の死後は京都に戻り、豊臣秀吉に本願寺町奉行を任されている。

12月20日、雑賀に真田昌幸を初訪問。

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人物情報【真田昌幸 1547~1611】
信濃上田城主。真田幸隆の三男。初め武田信玄に仕えて歴戦。主家滅亡後、周囲を大大名に囲まれながら巧みに主家を乗り換えて所領を拡大し、秀吉に「表裏比興」と評された。関ヶ原合戦では、上田城に徳川秀忠率いる大軍を寡兵で引き受けて翻弄し、決戦に遅参させた。

紀伊・九度山に幽閉されていたが、真田幸村が大坂の陣で最期を遂げたのち、雑賀に降りてきたらしい。徳川とコトを構えるにあたり、何としても麾下に加えたい人物である。

12月24日、長船にて。

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人物情報【花房正幸 1524~1605】
宇喜多家臣。備前虫明城主。主君・直家の創業を支えた重臣の一人。弓の名手として知られ、直家に従って各地で活躍した。武勇だけではなく和歌にも優れ、細川藤孝から古今伝授を受けた文化人でもある。

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第8話 豊臣家滅亡~毛利家当主に

10月20日、天下分け目の戦いから5ヵ月半…

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そして、和議の条件であった外堀のみならず内堀までも埋めてしまう。業を煮やした豊臣方は内堀を掘り返そうとした。それを徳川方は咎め、豊臣方に対し、さらなる難題をつきつける。

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豊臣方は、大坂城の内堀まで埋められた憤りも甚だしく、再戦を主張する声も日毎に増していった。結局、豊臣方は、徳川方から提示された条件を無視し戦に備えて軍備を固めたのである。

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大坂城の内堀まで埋められ、討死覚悟で野戦に出た豊臣軍の抵抗はすさまじいものであった。だが、彼我の兵力の差はいかんともしがたく、やがて豊臣の兵たちは力尽きていった。

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かくして、戦乱の世に一躍名をなした豊臣家は、わずか二代にして消えていったのである…

Hidemotos 毛利秀元

「徳川め、数年後には同様の最期を迎えさせてやる」

…と、決意も新たにしたところで、10月30日…

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とるものもとりあえず山口城へ。

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セーブデータエディターを使って、毛利輝元の寿命を短くした結果である。

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11月1日、新体制発足記念の茶会を挙行。

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11月2日、山口を出発。朝廷に献金がてらご挨拶をするため、浦戸経由で京へ。

Hidemotos 毛利秀元

「徳川? ほっとけ、そんなもの」

浦戸から大坂への船旅の途上…

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第7話 第一次大坂の陣

7月17日、山口に帰る途中で厳島の寺院に立ち寄り、礼法を学ぶ。

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厳島にある寺院の中で最も歴史が古いと言われている「大聖院」ということにしておこう。なんでも806年に弘法大師空海が開いたとか。

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その結果…

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8月28日、山口に帰着したところで、いきなり…

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Nakajimas 中島重房

「豊臣家と徳川家に揉め事を引き起こした梵鐘の件でございますが、交渉の間、板挟みにあった豊臣家の片桐且元殿が出奔し、徳川家に登用されたようです。なんでも、豊臣家の狼藉者に闇討ちされかかったとか…。すんでのところで逃げおおせた片桐殿は…」

Hidemotos 毛利秀元

「徳川家に転がり込んだというわけか…。しかし、使者の命を狙うとはどういうわけだ? 同じ豊臣家の武将ではないか」

Nakajimas 中島重房

「片桐且元殿は、徳川家に通じていたという噂がございました。真偽のほどはわかりかねますが…」

Hidemotos 毛利秀元

「徳川方からすれば、仲介の使者を無下に扱ったことは挑発行為と見るだろうな」

主命の成果報告を行ったところ…

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そろそろ朝廷工作にも着手しておかねばなるまい。ということで、9月8日、京の公家・菊亭晴季を訪ねる。

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人物情報【菊亭晴季 1539~1617】
藤原氏七清華家の一つ、今出川家出身の公家。織田家の伝奏役を務めた。信長の死後は豊臣秀吉に接近し、関白就任を勧め朝廷に働きかける。娘が秀吉の養子・秀次に嫁ぎ姻戚となるが、秀次事件に連座して配流された。

茶の湯をふるまう。

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第6話 毛利家大減封

んで、史実より1年4ヶ月前の決戦当日、5月5日。

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しかし、正午過ぎに小早川秀秋が東軍に寝返り、大谷吉継を攻撃…

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西軍の指揮を執った石田三成は戦場を脱出するも捕らえられ、西軍大名の軍もほぼ壊滅…

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Hidemotos 毛利秀元

「そんな他人事みたいに言わないでください。で…父上、いかがなさいますか?」

Terumotos 毛利輝元

「いかが、とは?」

Hidemotos 毛利秀元

「大坂城に籠城して徳川と一戦なさいますか? それとも国許に引き上げて異心なしと表明なさいますか?」

Terumotos 毛利輝元

「大坂城に籠もったところで、誰が後詰をしてくれようか。後詰の無い籠城など何の望みも無い。この地に留まっていては徳川殿に叛意を疑われるだけじゃ。撤退する!」

Hidemotos 毛利秀元

「ただ父上、覚悟しておいてください。かなり厳しい結果が待ちうけておりましょう」

Terumotos 毛利輝元

「なに!?」

Hidemotos 毛利秀元

「広家殿のとりなしのおかげで何とか改易はまぬがれるでしょうが、おそらく防長二ヶ国への減封は避けられぬかと…」

Terumotos 毛利輝元

「昨日会った福島(正則)殿と黒田(長政)殿はそんなこと言ってはおらなんだぞ」

Hidemotos 毛利秀元

「そこが家康の家康たる所以。老獪というか狡猾というか…。本領安堵をほのめかせば父上が容易に大坂城から退去すると計算したのでしょう」

Terumotos 毛利輝元

「そんなことが…」

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大坂で事態を傍観していただけとはいえ、西軍の総大将となった毛利輝元は厳しく追及され、密かに家康に款を通じていた吉川広家の弁護も空しく、その所領を大きく削られたのである。

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Terumotos 毛利輝元

「この歳になってこのような恥をかかされようとは、思いもよらなんだ」

Hidemotos 毛利秀元

「今さら嘆いてもはじまりますまい。かくなる上は、捲土重来を図るべく行動いたしますぞ」

ただし、この時点での毛利家臣とその能力は次のような状況。

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軍事面に限っていえば、児玉就英の[水軍]を除いてはほとんど見るべきものがない。したがって、逼塞中の浪人を勧誘してくることが必須になる。

5月12日。

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第5話 陣中会談

吉川広家と小早川秀秋が去ると、入れ替わりに現れたのが…

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Mitsunaris 石田三成

「毛利殿にはぜひ総大将を務めていただきたく」

Terumotos 毛利輝元

「うむ、考えたのじゃが…総大将は秀頼さまの方が良いのではないか?」

Mitsunaris 石田三成

「いえ、秀頼さまはまだご幼少の身。全軍の采配を振るうのは次席大老たる毛利殿が適任でござる」

Terumotos 毛利輝元

「左様か…。では、謹んで総大将の任、うけたまわる」

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Shinobis 忍者

「家康は東海の諸大名を率い、東海道を進んでおります」

Hidemotos 毛利秀元

「なにっ、上杉勢を放置してか?」

Shinobis 忍者

「いえ、家康の次男・秀康を下野の宇都宮に残し、上杉への押さえとしております」

Hidemotos 毛利秀元

「上杉が攻め込まない程度の軍を残し、残る全軍をもってこちらを叩きに来たか」

Mitsunaris 石田三成

「家康が来るとなると、こちらも全力を結集せねばなりませぬな。佐和山に向かいましょうぞ!」

Terumotos 毛利輝元

「いや、拙者はここにあって秀頼さまをお守りしようと思う」

Hidemotos 毛利秀元

(なるほど。そういうことか)

Mitsunaris 石田三成

「何と! 陣頭に立ってくださらぬので?」

Terumotos 毛利輝元

「総大将が軽々しく陣頭に立つものではあるまい。それに、わしまで佐和山に行ってしもうては、誰が秀頼さまをお守りするのじゃ?」

Mitsunaris 石田三成

「それは、確かにそうでござるが…毛利家の兵力は我らの中でも最大。毛利軍が参加するかどうかは戦の勝敗に大きく関わりまする。なにとぞ、なにとぞ陣頭に立ってくだされ」

Terumotos 毛利輝元

「それでも、やはりわしはこの大坂城を離れるべきではないと思う」

Hidemotos 毛利秀元

「毛利軍の主力はそれがしが率いて戦場に立ちまするゆえ、ここは石田殿…」

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第4話 関ヶ原への道

3月から4月にかけての兵糧売買(=米転がし) で再び金儲け。4月末の段階で、貯金も含めた所持金が232730貫に。

4月22日、広島に帰還。

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家康の送った使者は、景勝の家老・直江兼続の返書を携えていた。その書状には、豊臣秀吉死後に家康が行った越権行為の数々が皮肉たっぷりに列挙されていた。これを読んだ家康は「この年までこれほど無礼な書状は見たことがない」と漏らし、上杉景勝の叛心は動かし難しとして、上杉討伐に乗り出したのである。この書状が、関ヶ原合戦の引き金になったと世に名高い「直江状」である。

以前、行商人から買って放置していた品を鑑定したところ…

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5月1日、広島城での評定。

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安国寺恵瓊は長年毛利家の外交僧として活躍してきた人物である。その人物観察の能力には定評があり、豊臣政権下で独立した大名となった今も毛利家と密接な関係にある。

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Terumotos 毛利輝元

「安国寺殿、遠路はるばるご苦労であった。して、こたびは何用か?」

Ankokujis_2 安国寺恵瓊

「上杉謀叛の噂はご存知か?」

Terumotos 毛利輝元

「徳川殿が討伐を決意したとか…」

Ankokujis_2 安国寺恵瓊

「ほう、ご存知でありましたか。ご当家の運を開かれる時がまいりましたぞ」

Terumotos 毛利輝元

「当家の運を開く? 一体どういうことじゃ?」

Ankokujis_2 安国寺恵瓊

「実はこの一件、石田三成殿と直江兼続殿の書いた筋書きどおりに動いているのでございます」

Terumotos 毛利輝元

「何と! それはつまり…」

Ankokujis_2 安国寺恵瓊

「はい。石田殿は反徳川の兵を挙げるため、味方を募っておりまする。しかし、石田殿は横柄者との評判が高ければ総大将は務まりませぬ。そこで、五大老の次席であらせられる毛利殿に総大将になっていただきたいと申しております」

Terumotos 毛利輝元

「わしが総大将じゃと!? ううむ…」

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ゲームの上では、選択肢はこの二つ。「加勢」「中立」いずれを進言しても、輝元は唯々諾々と従う。史実どおり、毛利家を防長二ヶ国に減封させるには「加勢」を選択する必要があるが、それでは秀元が積極的に叛乱(徳川方から見れば)加担したことになり、具合が悪い。

史実のように、石田-安国寺ラインに乗せられ、秀元や家臣団の反対を押し切って(家臣たちへの相談すらなかったという説もあるが)大坂へ…という流れにしたいので、ここは都合のいいようにアレンジさせていただく。

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