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第22話 真田幸村 毛利家へ

NHK大河ドラマ「天地人」で一躍有名になったこのお方と邂逅。

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妻夫木さんとはあまり似ていません。

9月24日、江戸城下。ここで驚くべき事実に遭遇。

Sanada

第二次大坂の陣で散ったと思われていた真田幸村が、徳川の配下として存命している…。

事の次第を確かめるために、さっそく訪問。

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Yukimuras 真田幸村

「ご来訪をお待ち申し上げておりました。毛利殿」

Hidemotos 毛利秀元

「それにしても驚きました。大坂で最期を迎えられたとばかり思い込んでおりましたゆえ。どういういきさつで江戸へ?」

Yukimuras 真田幸村

「それは………(紆余曲折を考えるのが面倒だ~)………という次第にございまする」

Hidemotos 毛利秀元

「なるほど…。ところで、御父上の昌幸殿が当毛利家に仕えておられることを御存知ですかな」

Yukimuras 真田幸村

「風の便りに聞き及んではおりました。まことでござりましたか」

Hidemotos 毛利秀元

「昌幸殿も再会を熱望しておられるはず。一度、大坂にお越し願えまいか」

Yukimuras 真田幸村

「いえ…」

Hidemotos 毛利秀元

「!?」

Yukimuras 真田幸村

「一度と言わず、この際、徳川から離脱して毛利殿の麾下に馳せ参じとうございます」

Hidemotos 毛利秀元

「! 願ってもない幸せ。貴殿には当家における部将の地位を用意させていただきまする」

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いささか出来すぎの展開だが、これで軍事面に関しては最高・最強の陣容が整った。

10月18日、水口城攻略。11月2日、佐和山城攻略。11月16日、長浜城攻略。

11月23日。

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正一位が見えてきた。

12月1日、一乗谷城にて。

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人物情報【織田信雄(おだのぶかつ)1558~1630】
織田家一門。信長の次男。信忠の実弟。伊勢国司・北畠具房の養子となり、家督を継ぐ。本能寺の変後、秀吉と結んで弟・信孝を討った。間もなく秀吉と敵対し、徳川家康と結んで小牧長久手合戦を起こすが、単独で秀吉と和議を結ぶ。その後は秀吉に属したが、のちに配流された。

1604(慶長9)年1月11日。

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1月18日、高天神城攻略に向かう船上、浜名湖沖の遠州灘で。

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Hidemotos 毛利秀元

「はぁ!? 貴様、正気か。誰に向かって喧嘩を売っとる!」

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Hidemotos 毛利秀元

「さっさと消えろ! 今度出てきやがったら、ウナギのエサにしてやる」

ちなみに、浜名湖でウナギの養殖が始まったのは明治時代。本格的になったのは戦後だそうな。

1月24日、高天神城攻略。この戦闘を通じて…

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現在の勢力図。

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1月27日。

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人物情報【三好伊三(みよしいさ)1536~1631】
三好家一門。政長の子。父・政長を殺した三好長慶と争うが、長慶の死後に三好三人衆と和解する。織田信長の畿内平定軍に降り、摂津豊島郡に所領を与えられた。のち豊臣秀吉、さらに徳川家康に仕え、九十六歳で没した。

さて、江戸城下には旧豊臣系の武将が多数幽閉(?)されているようなので、片っ端から調略を試みることにする。

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2月から3月にかけて11名の武将を調略。「身に余る光栄でございます!」の台詞も聞き飽きた。さすがにこれだけ続くと人物情報をいちいち記述するのは面倒。勘弁してください。

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