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2010年7月

第22話 真田幸村 毛利家へ

NHK大河ドラマ「天地人」で一躍有名になったこのお方と邂逅。

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妻夫木さんとはあまり似ていません。

9月24日、江戸城下。ここで驚くべき事実に遭遇。

Sanada

第二次大坂の陣で散ったと思われていた真田幸村が、徳川の配下として存命している…。

事の次第を確かめるために、さっそく訪問。

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Yukimuras 真田幸村

「ご来訪をお待ち申し上げておりました。毛利殿」

Hidemotos 毛利秀元

「それにしても驚きました。大坂で最期を迎えられたとばかり思い込んでおりましたゆえ。どういういきさつで江戸へ?」

Yukimuras 真田幸村

「それは………(紆余曲折を考えるのが面倒だ~)………という次第にございまする」

Hidemotos 毛利秀元

「なるほど…。ところで、御父上の昌幸殿が当毛利家に仕えておられることを御存知ですかな」

Yukimuras 真田幸村

「風の便りに聞き及んではおりました。まことでござりましたか」

Hidemotos 毛利秀元

「昌幸殿も再会を熱望しておられるはず。一度、大坂にお越し願えまいか」

Yukimuras 真田幸村

「いえ…」

Hidemotos 毛利秀元

「!?」

Yukimuras 真田幸村

「一度と言わず、この際、徳川から離脱して毛利殿の麾下に馳せ参じとうございます」

Hidemotos 毛利秀元

「! 願ってもない幸せ。貴殿には当家における部将の地位を用意させていただきまする」

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いささか出来すぎの展開だが、これで軍事面に関しては最高・最強の陣容が整った。

10月18日、水口城攻略。11月2日、佐和山城攻略。11月16日、長浜城攻略。

11月23日。

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正一位が見えてきた。

12月1日、一乗谷城にて。

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人物情報【織田信雄(おだのぶかつ)1558~1630】
織田家一門。信長の次男。信忠の実弟。伊勢国司・北畠具房の養子となり、家督を継ぐ。本能寺の変後、秀吉と結んで弟・信孝を討った。間もなく秀吉と敵対し、徳川家康と結んで小牧長久手合戦を起こすが、単独で秀吉と和議を結ぶ。その後は秀吉に属したが、のちに配流された。

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第21話 調略推進月間 その2

2月3日、多聞山城攻略。同16日、八上城攻略。同23日、丹波亀山城攻略。

連続攻城戦の結果…

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さらに3月5日、信貴山城攻略。

3月6日、墨俣城にて。

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人物情報【竹中重門(たけなかしげかど)1573~1631】
豊臣家臣。のち徳川家臣。半兵衛重治の嫡子。秀吉がその才を愛した半兵衛の子であることから優遇された。関ヶ原合戦では、初め西軍に属したが東軍に寝返り、小西行長を捕らえるなどして功をあげ、所領を安堵された。文才に優れ、晩年には秀吉の伝記「豊鑑」を著している。

4月8日から伊賀上野城攻略戦を開始。

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…で、筒井家は滅亡。

4月17日、小牧山城にて。

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人物情報【織田有楽(おだうらく) 1547~1621】
織田信長の弟。名は長益、のち有楽斎と号す。茶の湯に傾倒し、茶人として知られる。千利休と交流があり、利休七哲の一人となった。兄・信長の死後は豊臣家に仕え、千利休亡き後の秀吉の茶の湯を司った。関ヶ原の戦いでは東軍に属したが、戦後は豊臣家に出仕。大坂夏の陣で再び徳川家へ。

5月8日。

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兵部省は現在の防衛省にあたる機関ですな。その長官が兵部卿。

5月18日から二条城攻略戦を開始。

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10日後の27日には…

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第20話 調略推進月間 その1

対徳川戦序盤の節目、大坂城攻略を開始する。

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この時期の大坂城は海に面していたようなので、村上水軍に援軍を要請し搦め手からも攻撃を加えてもらう。

11月7日、包囲を完了して大手門から攻撃開始。

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11月9日、大手門を突破。

11月11日、四の丸を突破。

11月13日、三の丸を突破。

11月15日、二の丸を突破。正確に2日ずつのペースでステージをクリアしている。

いよいよ本丸攻めを始めようとした矢先に…

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特に問題ないので…

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11月16日、わずか10日間で大坂城攻略に成功。実に喜ばしいことだが、苦戦を覚悟していただけにやや拍子抜け。

さっそく大坂城に入城した秀元のもとに訪問客が…

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人物情報【三好清海 1528~1615】
三好家一門。青海・清海などと号す。三好三人衆の一人。松永久秀らと謀り、将軍・足利義輝を殺害する。その後、久秀と対立し、久秀と結んだ三好義継とも戦う。織田信長が上洛すると、抵抗したが敗れて逃亡。のち豊臣秀頼に仕え、老齢ながら大坂の陣に参戦し、討死した。

11月18日。

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第19話 徳川からの刺客

8月8日、雑賀城での浅野幸長との面談後に…

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さらに…

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9月4日。

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久しぶりに毛利一族が一同に会した。会談の内容は…結束を確認したということにしておこう。

9月24日からは、調略に乗らなかった奥平信昌が拠る伊丹城攻めを開始。

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攻撃開始から3日目の9月26日。

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Hidemotos 毛利秀元

「家康がわざわざ江戸くんだりからここまでやってくるというのか…。あの男、よほどの暇人だな」

10月1日。

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家康の到着を待たずに…伊丹城落城。

10月3日。

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Hidemotos 毛利秀元

「そんなわざとらしい鳴き方をする猫がおるか!? 何者じゃ!」

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第18話 小早川秀秋 追放

備前・備中制圧戦のフィナーレ・岡山城攻略を6月14日から始める。

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で、8日目の6月21日。小早川側から和平提案が…

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岡山城攻略に成功。

一連の戦功により、真田昌幸らを昇進させる。その結果、真田昌幸は家臣に。

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それはいいのだが、岡山城攻略のどさくさに紛れて、敵将・小早川秀秋がちゃっかり毛利家家老としてもぐりこんでいた。

Hidemotos 毛利秀元

「厚顔無恥にもほどがある。すぐここに呼んでまいれ」

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Hidemotos 毛利秀元

「気安く大殿などと呼ぶな。そもそも、何故おぬしがここにいる。言うまでもないことだが登用した覚えはないぞ」

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Hidemotos 毛利秀元

「相変わらず会話がかみ合わぬ奴だな。本来ならば自害を言い渡したいところだが、命だけは助けてやるから、わしの目に触れぬところでひっそりと余生を過ごせ」

6月24日。

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「茶仙」の称号を得ているので、茶室を開設することができる。たかが茶室と言うなかれ。敵武将を招いて「茶室外交」で関係修復を図ることもできるし、必要があれば茶室は監禁部屋にもなるのだ。

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わざわざ京都からお公家さんも来宅。

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茶室を利用して島津家と鍋島家の関係修復を図る。同じ関ヶ原合戦での負け組として、島津家にはある種の親近感を抱いているのだが、ここのところ九州でやや傍若無人な振る舞いが目立つ。もう少し大人しくしてほしい。

鍋島家当主・鍋島直茂にはお誘いを断られてしまったので、代わりに嫡子・勝茂を招待。

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