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第4回 村雨強奪

12月27日、小田原の足利義氏宅を訪れます。親善のためではなく、辻斬りして「村雨」を奪うため。

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人物情報【足利義氏(あしかがよしうじ)1541~1583】
最後の古河公方。晴氏の子。古河公方とは、室町幕府の監督下で関東・東北を統括した鎌倉公方の末裔。北条氏康の娘を娶り、北条家の支援を受けて古河公方となった。北条家の傀儡であり、武力も権力も持たなかった。

Ouka 椿桜花

(住まいといでたちがとてもアンバランスね…。それはともかく、これで義氏殿の足取りを追いやすくなったわ)

ところで、関東には、下総国・佐倉の一刀流(伊藤一刀斎)、常陸国・鹿島の香取神道流(塚原卜伝)と一羽流(師岡一羽)、上野国・厩橋の新陰流(上泉信綱)といった流派があります。

Ouka 椿桜花

(いきなり高名な上泉先生や塚原先生に師事をお願いするのは無謀ね。伊藤一刀斎先生あたりを訪ねてみよう)

ということで12月28日、佐倉の一刀流道場へ。

町情報【下総国・佐倉(南関東)】
平安末期以来の下総の豪族・千葉氏が本拠を置いた。小田原北条氏に従っていたため、秀吉の北条攻めで没落。のち、徳川家臣の土井利勝が少し離れた地に、現在に残る佐倉城を築いた。千葉氏の城は本佐倉と呼ばれるようになった。

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人物情報【伊藤一刀斎(いとういっとうさい)????~????】
剣術家。名は弥五郎景久。中条流の名人・鐘捲自斎に師事して印可を授けられ、のちに自ら一刀流を創始する。諸国遍歴して修業を積み、「夢想剣」などの秘技を編み出した。その奥義を弟子の御子神典膳(小野忠明)に伝えると、何処かに姿を消したという。

例によって入門を断られた後、一回手合わせを。

翌日、足利義氏の動静を探るため、小田原付近に差しかかったところで、運よくターゲットを捕捉。

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辻斬りチャンス!

Ashikaga 足利義氏

「なっ、剣を抜かれるとは…まさか、この場で勝負なさるおつもりか!?」

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軽~く…

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村雨を強奪しました。

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年明けて1561(永禄4)年1月2日、佐倉で出会った旅人から…

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武田信玄・上杉政虎の両将とも不退転の決意でこの戦いに臨んだため、かつてない大激戦となった。

信玄は、上杉軍を挟撃するため別働隊を妻女山の上杉陣へ出発させ、武田軍本隊を八幡原に移した。

しかし、政虎は事前にこれを察知し、鞭声粛々千曲川を渡り、八幡原に布陣。夜明けとともに武田軍本隊に襲いかかった。上杉軍優勢の中、政虎は自ら武田本陣に突入。馬上から信玄に斬りつけること九太刀、信玄は軍配団扇で政虎の刃をかろうじて防ぐ。

やがて、武田の別働隊が戻ってきたため形勢は一変し、やむなく上杉軍は越後へ向かって撤退していった。

戦いの結果、川中島は一時的に武田方の領有に帰したが、信玄は弟・信繁、軍師・山本勘助を失い、大きな打撃を受けた。

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翌1月3日、なんとか一刀流に入門できました。

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まず「払捨刀」を修得。

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小田原の鍛冶屋で下働きにも精を出し、経験の蓄積に努めます。

町情報【相模および伊豆国・小田原(南関東)】
元は豪族・大森氏が治めていたが、今川家の部将であった伊勢宗瑞(北条早雲)が奪って本拠とし、各地から商人・職人を招いて都市開発を行った。徳川家康の江戸開発までは、後北条氏のお膝元として関東最大の都市であったといえる。

2月5日。

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「農具向上」を修得。

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剣の道にはあまり関係ないような気もしますが…。

翌2月6日、佐倉の道場で「夢想剣」を修得。

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3月1日、「金翅鳥王剣」を修得して…

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Itoh 伊藤一刀斎

「よって、おぬしの一刀流印可を認めるといたそう。これからもよりいっそう励んでくれ。一刀流を極めたといっても武の道に終わりは無いぞ」

Ouka 椿桜花

「お世話になりました。それではお暇いたします」(次は常陸国の鹿島で、香取神道流か一羽流に入門しよう)

町情報【常陸国・鹿島(北関東)】
常陸一之宮・鹿島神宮は古代から多くの信仰を集めた由緒ある神社である。この地から出た剣豪の塚原卜伝は、鹿島神宮の神宮の子であった。江戸時代にも、門前町として観光・商業に栄える町となった。

さっそく一羽流の師匠・師岡一羽を訪ねます。

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人物情報【師岡一羽(もろおかいっぱ)1532~1593】
剣豪。姓は諸岡とも。父より神道流を学び、のち塚原卜伝に師事して新当流を修得。自ら一羽流を称して江戸崎に道場を開く。次第にその名を高めて道場は多くの門弟で賑わった。しかし、一羽が病に伏すと道場は寂れ、晩年は不遇であったという。

例によって入門を断られた後で、茶席を設けたところ…

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Ouka 椿桜花

(師岡殿は茶で親密度を上げられそうね。塚原先生はハードルが高いと聞いているし、一羽流はもともと塚原先生から派生した流派だから、修得できる秘技は同じだし…一羽流に入門しよう)

数回の手合わせを経て、4月2日…

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まず「金剛力」を修得。

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同時に「剣客」の称号も。

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鍛冶下働きにも力を注ぎます。

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5月1日。

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1561年5月…龍造寺氏討伐のために、大友義鎮は六万の軍勢による総攻撃に出た。自ら高良山に陣し、龍造寺領内に軍勢を展開。今山に陣した実弟・大友親貞軍は佐嘉を包囲、城に篭る龍造寺軍はわずか五千あまりであり、龍造寺氏は文字通り四面楚歌の危機に陥る。

だが、龍造寺軍は乾坤一擲の賭けに出た。日の出とともに大友親貞本陣に対し、鍋島直茂率いる八百余が決死の奇襲を敢行。動かぬ勝利を思い酒宴に溺れた大友軍は突然の奇襲により大混乱をきたし、大将・大友親貞を含め二千余が露と消える。

世に言う『今山の戦い』である。

「鎮西の桶狭間」とも称すべきこの戦により、龍造寺氏は一躍勇名を高め勢力を拡大、九州北西部を完全に掌握することになる。

Ouka 椿桜花

「これで三国鼎立といわれた九州も動きますね」

Shinobi 忍者

「北西を制した龍造寺、九州南部に勢力を伸ばす島津…」

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5月30日、「相州伝」を修得。

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