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2010年11月

第5回 剣道邁進 その1

6月1日、秘技伝授の過程で…

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「八神の太刀」修得。

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おかかえ(?)忍者からの報告。

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大浦(津軽)為信、背信行為のあげく、20年後に命を落とすことになります。

さて、「相州伝」を修得した以上、小田原での鍛冶作業の必要性はかなり低くなったので、思い切って井ノ口(岐阜)まで足を伸ばし…

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「美濃伝」を修得。

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6月8日、今浜(長浜)にて。

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Ouka 椿桜花

「1貫ならお支払いしましょう。100貫なんて言われたら叩き斬るところですよ」

Rounin 貧乏浪人

「ありがとうよ。実はな、京の町で今月、天覧試合が開かれるのだ。優勝するとすごいお宝が貰えるぜ。あんた、かなり強そうだから出場してみたらどうだ? 御所で申し込めばいいはずだ」

Ouka 椿桜花

(天覧試合なんて、まだまだ先の話だわ)

国友善兵衛方を訪れて…

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「組撃ち鉄砲」を修得。

Ouka 椿桜花

(合戦なんかすることないから、必要ないけどね)

今浜から鹿島に向かう道中で…出くわしてしまいました。

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成敗されるのはそちらです。

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Ouka 椿桜花

「何度やっても同じ結果だと思いますよ」

7月2日、「神妙剣」修得。

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7月7日、「急所撃ち」修得。

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第4回 村雨強奪

12月27日、小田原の足利義氏宅を訪れます。親善のためではなく、辻斬りして「村雨」を奪うため。

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人物情報【足利義氏(あしかがよしうじ)1541~1583】
最後の古河公方。晴氏の子。古河公方とは、室町幕府の監督下で関東・東北を統括した鎌倉公方の末裔。北条氏康の娘を娶り、北条家の支援を受けて古河公方となった。北条家の傀儡であり、武力も権力も持たなかった。

Ouka 椿桜花

(住まいといでたちがとてもアンバランスね…。それはともかく、これで義氏殿の足取りを追いやすくなったわ)

ところで、関東には、下総国・佐倉の一刀流(伊藤一刀斎)、常陸国・鹿島の香取神道流(塚原卜伝)と一羽流(師岡一羽)、上野国・厩橋の新陰流(上泉信綱)といった流派があります。

Ouka 椿桜花

(いきなり高名な上泉先生や塚原先生に師事をお願いするのは無謀ね。伊藤一刀斎先生あたりを訪ねてみよう)

ということで12月28日、佐倉の一刀流道場へ。

町情報【下総国・佐倉(南関東)】
平安末期以来の下総の豪族・千葉氏が本拠を置いた。小田原北条氏に従っていたため、秀吉の北条攻めで没落。のち、徳川家臣の土井利勝が少し離れた地に、現在に残る佐倉城を築いた。千葉氏の城は本佐倉と呼ばれるようになった。

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人物情報【伊藤一刀斎(いとういっとうさい)????~????】
剣術家。名は弥五郎景久。中条流の名人・鐘捲自斎に師事して印可を授けられ、のちに自ら一刀流を創始する。諸国遍歴して修業を積み、「夢想剣」などの秘技を編み出した。その奥義を弟子の御子神典膳(小野忠明)に伝えると、何処かに姿を消したという。

例によって入門を断られた後、一回手合わせを。

翌日、足利義氏の動静を探るため、小田原付近に差しかかったところで、運よくターゲットを捕捉。

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辻斬りチャンス!

Ashikaga 足利義氏

「なっ、剣を抜かれるとは…まさか、この場で勝負なさるおつもりか!?」

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軽~く…

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村雨を強奪しました。

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年明けて1561(永禄4)年1月2日、佐倉で出会った旅人から…

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武田信玄・上杉政虎の両将とも不退転の決意でこの戦いに臨んだため、かつてない大激戦となった。

信玄は、上杉軍を挟撃するため別働隊を妻女山の上杉陣へ出発させ、武田軍本隊を八幡原に移した。

しかし、政虎は事前にこれを察知し、鞭声粛々千曲川を渡り、八幡原に布陣。夜明けとともに武田軍本隊に襲いかかった。上杉軍優勢の中、政虎は自ら武田本陣に突入。馬上から信玄に斬りつけること九太刀、信玄は軍配団扇で政虎の刃をかろうじて防ぐ。

やがて、武田の別働隊が戻ってきたため形勢は一変し、やむなく上杉軍は越後へ向かって撤退していった。

戦いの結果、川中島は一時的に武田方の領有に帰したが、信玄は弟・信繁、軍師・山本勘助を失い、大きな打撃を受けた。

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翌1月3日、なんとか一刀流に入門できました。

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まず「払捨刀」を修得。

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小田原の鍛冶屋で下働きにも精を出し、経験の蓄積に努めます。

町情報【相模および伊豆国・小田原(南関東)】
元は豪族・大森氏が治めていたが、今川家の部将であった伊勢宗瑞(北条早雲)が奪って本拠とし、各地から商人・職人を招いて都市開発を行った。徳川家康の江戸開発までは、後北条氏のお膝元として関東最大の都市であったといえる。

2月5日。

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「農具向上」を修得。

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剣の道にはあまり関係ないような気もしますが…。

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第3回 初めての鍛冶手伝い

8月23日。

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「銭投げ」を修得。

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9月13日。

Tomita 富田勢源

「見事だ。弟子ながら天晴れ。いっそう腕に磨きをかけておるな。わしの技、そなたに譲ろう」

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10月4日、「独妙剣」を修得。

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10月5日。

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「袖の下」を修得。

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さて、この世界で入手できる既製の刀剣のうち、最高の威力をもつのは「莫邪(ばくや。中国の名剣)」。これは、価値7&武力+18の逸品ですが、毎年6月に京で行われる天覧試合に優勝しなければ入手できません。

Ouka 椿桜花

(でも、天覧試合で優勝できるだけの腕があれば、そんなに強力な刀をあえて手に入れる必要もないわよね)

次点が「村雨」で価値7&武力+15。これは、小田原に住む足利義氏が所持しているので、いずれ辻斬りして強奪するつもり。

Ouka 椿桜花

(ただ、生涯に一度くらい武力+20という最高の刀剣を装備したいもの。女のロマンかな)

そうなると、鍛冶技能を修得して自分で作るしかありません。

10月26日、近江国・長浜の鍛冶職人・国友善兵衛を訪ねます。

町情報【近江国・今浜(北近畿)】
南北朝時代の婆娑羅大名として有名な佐々木(京極)道誉の家臣・今浜六朗左衛門が城を築いたのが始まり。その後、京極家臣の浅井家が下克上して北近江を制圧した。鉄砲の産地・国友村にも近い要衝。

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人物情報【国友善兵衛(くにともぜんべえ)????~????】
近江国友村の鉄砲鍛冶。国友村で最初に鉄砲を製作した鍛冶職人の一人。将軍・足利義晴が管領・細川晴元を通じて命じたとされる。のち、織田信長が鉄砲を本格的に運用するに至り、国友村は鉄砲の一大産地に成長。全国に名を馳せることとなった。

Ouka 椿桜花

「鍛冶の経験を積みたいので、鉄砲作りのお手伝いをさせてくださいな」

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仕事が終わった後…

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11月6日、中条流道場にて「絶妙剣」を修得。

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Tomita 富田勢源

「よって、そなたの中条流印可を認めるといたそう。これからもよりいっそう励んでくれ。中条流を極めたといっても、武の道に終わりはないぞ」

Ouka 椿桜花

「どうもお世話になりました。それではお暇いたします」

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第2回 剣豪への道

3月22日、京の吉岡流道場を訪れます。

町情報【山城国・(北近畿)】
平安京。八世紀末の遷都以来、長く日本の首都として機能した。政権が武家に移った後も、政治・経済の中心地としての重要性は衰えず、たえず争奪の的となった。戦国時代には町衆と呼ばれる有力商人たちも出現した。

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人物情報【吉岡憲法(よしおかけんぽう)????~????】
剣術家。名は直賢。清十郎・伝七郎の父。伝説の陰陽師・鬼一法を祖とする京八流の末流を称す。十五代将軍・足利義昭の剣術指南役を務めるかたわら、京都で染物屋を営んでいた。宮本武蔵の父・新免無二斎と御前試合を行って敗北したとされるが、史料が少なく仔細は不明。

入門前に技量を高めるべく、武芸師事して「連続斬り」と…

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「剛力」と…

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「当て身」を修得。

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武芸の技能値が3に上昇しました。

結局、3ヵ月半ほど武芸師事して、7月2日…

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Ouka 椿桜花

(そろそろ入門を願い出てみましょう)

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Yoshioka 吉岡憲法

「お話はわかりましたが…申し訳ありませぬ。気心の知れぬ方を弟子に迎えるわけにはいきませぬ」

Ouka 椿桜花

(それなら、手合わせで親密度を上げるまでよ)

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Ouka 椿桜花

「一戦どころか、入門させてもらえるまで手合わせを繰り返します」

7月23日、道場を後にしたところで…

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Ouka 桜花

「いったい何事ですか?」

Tabibito 旅人

「あの今川義元殿が討死なさったということじゃ!」

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海道一の弓取りと謳われ、駿河・遠江・三河の大大名となった戦国の英雄・今川義元の死で時代は大きく変わっていくことになる。義元の跡を継いだ今川氏真に父を超える器量はなかったからである。

そして、松平元康は公然と今川家からの独立を宣言した。

7月24日、努力の甲斐あって…

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京の医師・曲直瀬道三宅を訪れて…

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人物情報【曲直瀬道三(まなせどうさん) 1507~1595】
医師。名は正盛。近世医学の祖。田代三喜斎に師事して医術を修得し、京都で医療に専念した。のちに医学校を創設。数百名の門弟を擁し、その名声により朝廷や足利将軍家、織田信長や毛利元就ら諸大名に厚遇されている。茶道にも通じていた。著書に「啓迪集」がある。

薬を購入。

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