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2010年12月

第7回 剣道邁進 その3

翌3月23日、奈良の柳生新陰流道場を訪問。

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3日後…

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さっそく「天狗抄」修得。

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酒田で中途半端に終わっていた礼法修業を続けるため、奈良・興福寺を訪問。

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人物情報【多聞院英俊(たもんいんえいしゅん)1518~1596】
奈良興福寺多聞院の院主・多聞院の歴代院主が書き継いだ「多聞院日記」の著者の一人。織田信長や豊臣秀吉が台頭した時代の政治情勢や風聞などが豊富に収められており、当時の社会を知る貴重な史料となっている。

20日間の修業で…

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4月18日、柳生新陰流道場にて…

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5月10日、京で衝撃的な事件が発生。

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1562年5月、三好三人衆と松永久秀は軍勢を率い、義輝の居城・二条城を急襲した。

剣豪将軍の異名を持つ足利義輝は最早これまでと覚悟を決め、わずかな供回りと共にこれを迎え撃った。

秘蔵の名刀の数々を周囲の床に突き立てた義輝は、襲い来る敵を次々となぎ倒し、切れ味が鈍った刀を取り替えつつ戦ったが、所詮は多勢に無勢、押し寄せる軍勢の前についに力尽きた。享年27…

三好三人衆と松永久秀は、大和国興福寺にいた義輝の弟・義昭をも抹殺しようとするが…

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この事件、史実では1565年5月19日に起きています。3年ほど進行が早いようです。

同日、柳生新陰流道場にて…

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礼法技能はレベル4まで上達したので、次は京の曲直瀬道三のもとで医術の修業。

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さらに、診療の技術を修得。

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第6回 剣道邁進 その2

1561(永禄4)年10月30日、忍者からの報告。

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「土佐にて珍事が起こりました。土佐中村御所当主・一条権中納言兼定殿、出家され土佐を離れられたよし」

土佐東部を入手した長宗我部元親は、吉良親貞の進言を入れ、土佐一統を目論み、遂に元の主家・一条家領へ進撃。

これに対し一条家内では、長宗我部氏の離間工作もあり、兼定ら京派と康政ら土豪派が対立。伊予攻めの失敗で求心力を喪った兼定に付従う家臣は少なく、憤激した兼定は出家。妻の実家・大友氏を頼り落延びる…。

11月3日、近々お世話になる予定の納屋・今井宗久を訪ねてご挨拶。

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人物情報【今井宗久(いまいそうきゅう)1520~1593】
堺の豪商。茶人。当代屈指の茶人・武野紹鴎の娘婿となり、紹鴎が没すると秘蔵の茶器を継承。織田信長が上洛すると、その茶器を献上して取り入り、利権を得た。信長没後も豊臣秀吉の茶頭として仕えたが、次第に勢力は衰えていたという。

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Imai 今井宗久

「浪人の方でござるか。ともかく、今後ともよしなに」

所持金に多少余裕ができているので、貴重品を何点か購入。

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さて、そろそろ出羽国・酒田に移動。

町情報【羽前国・酒田(南奥羽)】
東北有数の商業港として古くから栄え、三十六人衆と呼ばれる有力商人たちが町政を行っていた。この体制は江戸時代まで続き、筆頭の鐙屋は井原西鶴の「日本永代蔵」に「北の国一番の米の買入れ、名を知らざるはなし」と称されている。

11月7日、林崎夢想流道場に林崎甚介を訪ねます。

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例によって、手合わせで親密度を上げた後…

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まず「居合斬り」を修得。

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幸いなことに、ここ酒田には寺があるので、秘技修得の合間に礼法修業も可能です。

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連続40日に及ぶ修業で…

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さらに、徳政令と割普請をGET。

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12月22日、林崎夢想流道場にて「浪返し」を修得。

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