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2011年4月

第17回 19歳の支配人誕生

8月20日。

Oka1871

この結果…

Tai0155

称号を獲得。

8月25日、近江・長浜城にて。

Oka1877

9月23日、美濃・岐阜城にて。

Oka1881

1567(永禄10)年11月1日。不断の努力を費やして勲功を積み重ねてきたおかげで…

Oka1886

Imai 今井宗久

「おまえを駿府の町の支配人に任ずる。さっそく出立し、支店を運営するのだ」

Oka1892

…ということで、若干19歳の支配人誕生です。

Oka1898

Oka1895

Ouka 椿桜花

「これからもよろしく頼みます。あなたは私の配下の者を率いて先に駿府に向かってください。私も追って出立します」

薬を購入するため、駿府を通り過ぎて甲府へ。

Oka1899

人物情報【永田徳本(ながたとくほん)1513~1630】
医師。「甲斐の徳本」として名高い。医学と薬学を修め、諸国を遍歴して庶民の病や怪我を診て歩いた。薬代はいつも十八文で、それ以上は決して受け取らなかった。その名声から徳川将軍家に呼ばれたこともあったが、やはり薬代の十八文のみ受け取って、飄然と去ったという。

11月6日。

Oka1901

Oka1902

Otoko 吾作

「はい。今日も桜花さまにお願いに上がりまして…」

Ouka 椿桜花

「今度はどうされました?」

Otoko 吾作

「実は、それがしのひい爺さまが重い病にかかっておりまして、もう何年も床に伏しております。それが近頃、急に容態が…」

Ouka 椿桜花

「今度はひい爺さまですか!? この前の、お爺さまはどうなりましたか? あの、死ぬ前にいい焼き物でお茶を…の爺さまは?」

Otoko 吾作

「爺さまは、おかげさまでピンピンしております」

Ouka 椿桜花

「…とすると、そなたのご家族は、備前焼とか伊勢海老などで治るような病にかかっていたとおっしゃいますか?」

Otoko 吾作

「不思議なことに…」

Ouka 椿桜花

「てめえ、よくもぬけぬけと…! もうがまんならん。叩き斬ってくれるわ」

Otoko 吾作

「ひ、ひぇー! ごめんなさい。も、もうしません、もうしません!」

…とはなりませんよね、ゲームですから。でも、普通だったらここでブチ切れます。

で、結局、今回のリクエストは…

Oka1915

ただし鮨は、投資しさえすれば開発されるものではなく…

Oka1920

Ouka 椿桜花

「…ということは、つまり…」

Otoko 吾作

「交易品で『麹』を扱っている町と、魚を扱っている町が『販路』でつながれば、鮨は交易品に並ぶのです。『麹』は堺で扱っていますから…」

Oka1935

Ouka 椿桜花

「魚を扱っているのは…ここ、駿府じゃありませんか」

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第16回 果物屋と海鮮鍋

4月12日、諏訪。

Oka1759

Oka1757

Oka1761

Onna2 小春

「じゃ、遠慮なく100個いただいとくね。さあ、次は何を仕入れてきてくれるの? 楽しみだな!」

Ouka 椿桜花

「え? これで全部じゃないんですか?」

Onna2 小春

「それが、まだあったのよ! 普通じゃ並ばない果物が。何でも、この町(諏訪)の座に投資すると、新しい果物が交易品に並ぶらしいわ」

Ouka 椿桜花

「…」

Onna2 小春

「普通じゃ売ってない果物だから、他の町で売ったら高値が付くんじゃないかな。だから、その果物を仕入れてくれたら、お店開業しようかなって思ってるの」

はいはい、これですね。

Oka1771

Oka1772

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Onna2 小春

「これで全部ね! あぁ、とうとう夢だった果物屋さんが開業できるわ」

Oka1778

Oka1779

Onna2 小春

「あ…。ごめんなさいね。今まで失礼なことばっかり言って…。そうそう、とっておきの商売話、教えてあげなくちゃね」

Ouka 椿桜花

「お願いします」

Onna2 小春

「津山の町の座に行って、根気よく投資してみて。あたしたち女が、こぞって買うような交易品が並ぶって話よ。他の町にはないから、商売には持ってこいの品なんじゃないかな」

Oka1787

Oka1788

他人に善行を施すと良いことがありますね。

4月14日、駿府の座で鯛を購入。

Oka1789

表に出たところで…

Oka1790

Oka1791

Monban 大左右衛門

「珍しい交易品だね。その立派な魚…鯛だろ?」

Ouka 椿桜花

「よくご存知ですね。私も初めて仕入れてみました」

Monban 大左右衛門

「いいなぁ、鯛…そんなのを肴に一杯やりたいなぁ」

Ouka 椿桜花

「…」

Monban 大左右衛門

「ものは相談だけど…その鯛、1匹譲ってくれないか? もちろん、だたとは言わないよ。金はないんだが、商人さんなら飛びつく、うまい話があるんだ。それがしの話とあんたの鯛1匹、交換しないか?」

Ouka 椿桜花

「わかりました。私の鯛、1匹お譲りしましょう」

Oka1799

で、鯛1匹と交換に入手した“うまい話”とは…

1.平戸の町の規模が大きくなると、特別な交易品が開発されること

2.高価な交易品のある町では、“運び屋”の仕事を依頼されることがあるとのこと

もうじき支配人になろうかという商人が、今さら“運び屋”もないもんですが、まあ、おもしろそうだし機会があればやってみましょうかね。

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第15回 果物屋になろう

11月24日。

Oka1662

その結果…

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Shinobi 忍者

「また同時に、今浜の地を長浜と改名した由にございます」

11月29日。

Oka1666

Oka1667

Yasui 安井道頓

「これを受け、織田殿も将軍討伐のために出陣したとか…」

Ouka 椿桜花

「織田殿は、自ら担ぎ上げた将軍を我が手で下ろすことに…しかし、他の大名がこれを座視しようか…」

で、あっという間に1ヶ月が経過して、年の瀬・12月30日。

Oka1673

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Yasui 安井道頓

「それが、織田殿は義昭公を殺さず、追放したと聞いております」

Ouka 椿桜花

「何ゆえに…織田殿にとって義昭公は災いの種。これを除く絶好の機会だというものを…」

同日、自宅にて。

Oka1682

Takayama 高山友照

「是非、足軽組頭として当家にお迎えしたい。いかがでござるか?」

Oka1684

Ouka 椿桜花

(今さら足軽組頭とは…私も軽く見られたものね)

年明けて、1567(永禄10)年1月1日。

Oka1686

Ouka 椿桜花

「何ゆえに今さら…。昨年11月24日の浅井家滅亡からひと月あまり、久政殿はどこでどうしていらしたのでしょうね」

Shinobi 忍者

「そのあたりのことは拙者にも…」

Ouka 椿桜花

「まあ、追及はよしましょう。それで?」

Shinobi 忍者

「浅井家臣団の去就ですが、海北綱親(かいほうつなちか)と遠藤直経(えんどうなおつね)が自刃、磯野員昌(いそのかずまさ)は織田家に登用、宮部継潤(みやべけいじゅん)と田中吉政(たなか よしまさ)も織田家に登用されて羽柴秀吉の配下に、といった具合にございます」

海北と遠藤が姉川の戦いで討死したのは史実どおり(ただ海北については異説あり)。磯野と宮部についても史実に則した展開。田中は当初、宮部に仕えていたようなので浅井系ではあるが、浅井家臣というにはちょっと…

Oka1694

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第14回 鍋料理談義

3月23日、丹後水軍の舞鶴砦の増築という仕事を終えて、堺に帰還。

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Tai0154

4月30日。

Oka1554

Shinobi 忍者

「さらに、岡部元信殿も主家を見限っているとの噂が…」

Ouka 椿桜花

「屋台骨がすっかり揺らいでしまいましたね。まあ、主君があの体たらくでは無理もありませんが…」

今川家の守護領・駿河。積年の統治の実績にもかかわらず、領内での威令まるで無きが如し。代が変わってわずかに6年…今川家は存続が危ぶまれるまでに凋落していた…

Oka1561

5月1日。

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…ということで、吉田郡山に飛び、当主・元就公をはじめとする毛利家家臣団と誼を通じます。

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Oka1571

Oka1570

5月29日。

Oka1576

初代範国以来十代を数え、鎮西探題・今川了俊を輩出した、東海一の弓取・今川家。氏真は楽座令を布く等治世に努めるも、武田・徳川に挟撃された今、没落をくいとめることは叶わなかった。

かくて半年にわたる籠城の末、高天神城はついに開城し、氏真は落ち延びて行方知れずとなった…

…とありますが、研究によると、晩年は徳川家康の庇護のもと江戸で暮らしていたようです。

さらに…

Oka1581

海を手に入れた武田家は、駿河水軍を傘下に収め、徳川領に信・駿から襲いかからんとする。三河・遠江を領し力をつけた徳川家も、引き下がることはなく防備に努め、まさに一触即発の展開となる。

翌5月30日。

Oka1585

Ouka 椿桜花

「えっ、信玄が…」

Shinobi 忍者

「足利義昭公の上洛要請を大義名分として、上洛するようにございます。武田の兵もこの報せを聞き、意気盛んになっておるようです」

Ouka 椿桜花

「ついに甲斐の虎が動く…わかりました」

6月10日。

Oka1592

1566年6月、徳川家康は年来の本拠・三河を離れ、新たに曳馬に拠点を移すことを決めた。それと同時に名も浜松と改めたのである。

Oka1596

6月28日。

Oka1600

人物情報【大久保長安(おおくぼながやす)1545~1613】
徳川家臣。猿楽師・大蔵大夫の子。一介の猿楽師から家康に抜擢される。主家の天領の統括、新技術を利用した金銀の採鉱、一里塚・伝馬宿の設立など、幕府の民政・財政面に大きく貢献し「天下の総代官」の異名を取った。

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