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2011年7月

第28回 全国の勢力図ほか

2月20日、本阿弥光悦か狩野孝信か長谷川等伯かに絵画制作を依頼した結果…

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金があり余っているので、パトロンだって何だってなれます。

行商人から名刀・正宗を入手。

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今現在、所持している刀の中でこれが最強。当面は正宗を装備しましょう。

2月28日。

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人物情報【本因坊算砂(ほんいんぼうさんさ)1558~1623】
棋士。本姓は加納。法名は日海。舞楽の家に生まれたが、仏門に入って囲碁に精進した。織田信長が上洛すると、召し出されてその腕を披露し「名人」と賞賛された。その後、豊臣秀吉や徳川家康に仕えて、安井・井上・林とともに囲碁の四家元の一つとなった。

本因坊算砂の勧誘に成功した結果…

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翌2月29日。

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Yakuin 施薬院全宗

「そなたは、あの孫子の秘奥義を所有しているとか…」

Ouka 椿桜花

「確かに孫子の秘奥義は持っておりますけど…」

Yakuin 施薬院全宗

「実はわしは古典籍に目がないもので…厚かましいお願いではあるが、その孫子の秘奥義、わしに譲ってはもらえぬか」

Ouka 椿桜花

「えっ!? この孫子の秘奥義を?」

Yakuin 施薬院全宗

「譲ってもらえるなら、わしはそなたに仕えることをお約束いたす」

Ouka 椿桜花

「私の配下になるとおっしゃいますの?」

Yakuin 施薬院全宗

「いかがであろう? 孫子の秘奥義、譲ってもらえぬか」

Ouka 椿桜花

「わかりました。お譲りいたしましょう」

Yakuin 施薬院全宗

「おお、ありがたい! 感謝の言葉もありませぬ」

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人物情報【施薬院全宗(やくいんぜんそう)1526?~1599?】
京都の医師。比叡山の僧だったが、織田信長の焼き討ちの後に還俗。曲直瀬道三に師事して医術を修得したのち豊臣秀吉の侍医となる。秀吉の推挙で、朝廷から施薬院使に任じられ、比叡山再興にも尽力した。秀吉の側近として政務にも参与したという。

ちょっと気になったので九州の情勢を確認してみると…

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あまり望ましくないことになっています。具体的には、大友家が島津と龍造寺から圧迫を受けて、滅亡の淵に立たされていました。大友に肩入れするわけじゃないけど、できるだけ史実に近づけておくというスタンスなので、できる範囲で工作を行います。

3月4日、薩摩国・内城にて。

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島津「我が家の最終目標は地方統一である。当面の目標は九州統一だ。そこで合戦を行っておる。この方針に関して、何か意見があるか?」

Ouka 椿桜花

「恐縮ではございますが、意見を述べさせていただきます」

Shimazu 島津貴久

「ほう、何なりと申してみよ」

Ouka 椿桜花

「国内守備を行うのがよろしいかと存じます」

Shimazu 島津貴久

「ふむ、国内守備とな……あいわかった。椿屋の意見はもっともである。国内守備のこと、良く考えてみよう」

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第27回 近畿の商人司に

11月8日、興福寺で寄付。

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人物情報【多聞院英俊(たもんいんえいしゅん)1518~1596】
奈良興福寺多聞院の院主。多聞院の歴代院主が書き継いだ「多聞院日記」の著者の一人。織田信長や豊臣秀吉が台頭した時代の政治情勢や風聞などが豊富に収められており、当時の社会を知る貴重な史料となっている。

いつの間にか上昇していた[悪名]の評判を解消します。吾作を斬ったわけでもないのに、なぜ悪名が広まったんでしょうか。

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人物情報【羽柴秀長(はしばひでなが)1540~1591】
豊臣秀吉の弟。通称は小一郎。兄・秀吉が織田家の足軽頭だった頃より仕え、兄の片腕となってその覇業に貢献した。誠実で温和な人柄から人望も高く、豊臣政権下のまとめ役として重きをなした。秀吉に先立ち病に倒れると、諸将にその死を惜しまれたという。

羽柴秀長、どういう経緯か不明ですが、現在は徳川家に所属しています。しかし、のちに椿桜花の麾下に加わります。

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人物情報【朝山日乗(あさやまにちじょう)????~1577】
法華宗の僧侶。出雲の出身。荒廃した皇居の修築費を集める旨を上奏し、上人の称号を授かる。のち、織田信長に用いられ、皇居増築や外交などを任された。イエズス会の宣教師を排除すべく策謀し、信長の前でフロイスを宗論を戦わせたこともある。

12月17日、南近畿地方の商人司任命を受けるため、天城大鷹を織田信長のもとに遣わします。

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…で、戻ってきた大鷹が言うには「町発展コンペを行い、その結果によって新たな商人司が任命される」とのこと。伊藤屋は堺、茶屋は奈良、そして椿屋は雑賀を担当することになりました。

当主・椿桜花以下、桜花の指名を受けた天城大鷹・藤堂高虎・淀屋常安の一行が雑賀に赴きます。

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Taiyo 天城大鷹

「私の考えでは…祭りあたりが、この町には合っているのではないかと存じまするが…」

進言どおり「祭り」でいきましょう。

Taiyo 天城大鷹

「ひと口に祭りと申しましても、様々な作業がございます。配下の者に作業を割り振ってくださいまし」

Ouka 椿桜花

「では、作業の分担はこのように決定します。皆の者、よく励んでください」

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作業を円滑に進めるため、最初に10000貫投資します。

Ouka 椿桜花

「さあ、作業に励みますか」

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黙れ、亀太郎。ぶった斬るぞ!

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年明けて1572(元亀3)年1月3日。

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この爺さんの言うことには「踊り興行の実施を出雲の阿国一座に依頼するとよい」とのこと。

で、さっそく阿国の所在を調べたところ、出雲国・松江にいるらしいことが判明。すぐさま松江に飛んで…

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Ouka 椿桜花

「そこで、阿国一座の傾奇踊りを町の衆に見せたいのですが、いかがでしょう」

Oguni 出雲の阿国

「せっかくのお申し出ではございますけど…私どもも忙しい身。次の公演場所も決まっておりますゆえ…」

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断られてしまいました。仕方ないので、ライバルの作業の妨害工作を行います。

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Ouka 椿桜花

「ちょいと頼み事があるんだけど。1000貫出すわよ。実はね、密かに…」

賊 「ほほう、それはおもしろいな。よし、任せておけ」

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賊 「へへへ、うまくいったぜ。奴ら、慌てふためいてやがる」

Ouka 椿桜花

「よくやったわ。これで茶屋も成果が落ちることでしょ」

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第26回 吾作処断

2月11日。

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四国最強と言われた長宗我部家とはいえ、いとも容易く最大勢力であった十河家を滅亡に追い込めたのは、三好家の跡継ぎを巡る家中の混乱が完全に終結せず、領内で統一した行動が出来なかったのが原因とされる。

十河家当主・十河存保は、親交のあった羽柴秀吉を頼り、本土へと逃げ落ちるのであった。

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北条氏康のことです。

忍者「家督は嫡子・氏政殿が継ぎ、遺言に従い武田家との盟を結ばれるよし」

6月7日。

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7月5日。

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8月13日、岐阜にて。

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人物情報【可児才蔵(かにさいぞう)????~1613】
美濃の出身。宝蔵院胤栄に槍術を学んだ武勇の士。初め斎藤家に仕え、柴田、明智、織田、羽柴と渡り歩いた。関ヶ原合戦で、討ち取った首級すべてに笹を差して目印としたため「笹の才蔵」の異名を取った。

その翌日、安土城に立ち寄ったところ、織田信長は体調不良で床に伏せていました。そこで…

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肝心な場面で、今までひた隠しにしていた盗癖が出てしまいました。これもイベントを導入しています。

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Ouka 椿桜花

「さて…長居は無用、退散するとしましょう」

8月18日、安芸国・吉田郡山城に飛びます。

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小早川隆景を弟子にして、その流れで一気に御用商人に。

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8月22日、再度呂宋に渡ります。

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1ヶ月の船旅ののち、呂宋到着。

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購入しました。

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第25回 悪代官と悪徳商人

5月14日。

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「椿屋」を「お師匠さま」にちゃんと言い換えるところに、このゲームのこだわりを感じます。

Ouka 椿桜花

「これは秀吉殿。恐縮でございます」

Hideyoshi 羽柴秀吉

「それもこれも拙者の力あってのもの。ときに感謝の気持ちを示していただきたい」

Ouka 椿桜花

「はっ。これもひとえに秀吉殿のおかげでございます。ささ、何も仰せられず、これをお納めくださいませ」

100貫渡しました。

Hideyoshi 羽柴秀吉

「おお! さすがお師匠さま。話がわかりますのう。ふふふ、椿屋…いえ、お師匠さま、罪作りな事で…」

Ouka 椿桜花

「織田さまにも、よしなに…」

Hideyoshi 羽柴秀吉

「何も言わずともわかっております。最近、伊藤屋の働きが悪いと大殿に讒言しましょう」

時代劇には定番の“悪代官”と“悪徳商人”の会話ですね。

どこかの道場で誰かを叩きのめして…

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6月26日、大和国・奈良にて。

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人物情報【高山重友(たかやましげとも)1552~1615】
織田家臣。友照の子。通称は右近。熱心なキリシタンとして知られる。初め荒木村重に属したが、村重の謀叛により信長に帰順した。のち羽柴秀吉に属すも、伴天連追放令に抵抗して改易される。前田利家を頼って金沢に赴いたが、のち徳川幕府の禁教令により海外へ追放された。

7月1日、安土城で織田信長と手合わせしたところ…

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7月14日、越後国・軒猿の里にて。

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これで[勧誘]や[引き抜き]の成功率が上がるはずです。

9月22日。

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9月25日。

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人物情報【三好政康(みよしまさやす)1528~1615】
三好家一門。青海・清海などと号す。三好三人衆の一人。松永久秀らと謀り、将軍・足利義輝を殺害する。その後、久秀と対立し、久秀と結んだ三好義継とも戦う。織田信長が上洛すると抵抗したが敗れて逃亡。のち豊臣秀頼に仕え、老齢ながら大坂の陣に参戦し、討死した。

9月28日。

Oka2853

人物情報【六角義治(ろっかくよしはる)1545~1612】
六角家十四代当主。承禎の子。名は義弼とも。家督を譲られるが、実権は父にあった。さらに筆頭家老・後藤賢豊を謀殺し、家臣団の信頼を失う。織田信長の上洛軍に敗れ、諸国を放浪。のちに豊臣秀吉の御伽衆となり、秀頼の弓師範を務めた。

10月の日時・場所不明。

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人物情報【足利義昭(あしかがよしあき)1537~1597】
室町幕府十五代将軍。義輝の弟。出家していたが、義輝の横死を受けて還俗した。織田信長の助力を得て将軍職に就任、幕府の権威回復を図る。信長と対立するようになると、周辺の諸大名に信長討伐を呼び掛けて包囲網を形成。自らも京で挙兵するが敗れ、京を追われた。

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