« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

第41回 足利義氏の最期

10月5日。

Oka5495

11月26日。

Oka5506

織田家の象徴とも言うべき安土がついに落城しました。

12月13日。

Oka5509

徳川の主力がその勢力圏の西端で織田を攻撃しているため、東から攻め上がる天城軍の進撃は超順調です。

1584(天正12)年2月6日。

Oka5555

最後の居城・坂本城が落城し、信長が築いた一大勢力はあっさり雲散霧消。ある意味、これは徳川家康の織田信長に対する復讐なのかもしれません。

一方で、攻撃の手を緩めない天城軍。

Oka5556

3月28日。

Ouka 椿桜花

「大鷹殿、これも何かの縁、大野さまを召し抱えてはいかがでございましょう」

Taiyo 天城大鷹

「おお、これはまたとない話! 拙者も治長殿を召し抱えたいと考えておりました」

Oka5574

史実では豊臣家に最後まで忠誠を尽くした大野治長ですが、多少は処世術を身につけたのか、この世界では飛ぶ鳥を落とす勢いの天城家になびきました。

5月18日、長年の因縁に決着をつける時がやってきました。

Oka5584

Ouka 椿桜花

「金の問題じゃありません。そなたの存在がもはや鬱陶しいのです(原因を作ったのは私ですが)」

Ashikaga

「ひっ!! ど、どうか命だけは!」

Oka5586

Oka5587

Oka5588

そりゃそうでしょうねぇ。

5月22日。

Oka5590

6月13日。

Oka5596

7月16日。

Oka5600

9月20日、天城大鷹自ら出撃の結果…

Oka5639

それでも一向に攻撃の手を緩めない天城軍。

Oka5640

Oka5647

破竹の勢い、怒濤の勢いです。ちなみに、この時点での勢力図。

Oka5657

房総方面は里見の勢力が目立ちますが、天城家の勢い、とどまるところを知らず。

続きを読む "第41回 足利義氏の最期"

| | コメント (7) | トラックバック (0)

第40回 天城・徳川戦 開始

1582(天正10)年2月18日。

Oka5337

今度は天城 vs 相馬…。奥州情勢、ますます混沌としてきました。

3月4日。

Oka5339

3月20日、黒川城にて以前椿屋から追放した関盛信と出くわしました。それはそれ、これはこれとして贈り物をしたところ…

Oka5346

ところが、直後に自宅を訪問すると…

Oka5347

エキセントリックな奴…。まったくわけがわからん。やっぱり追放しておいてよかった。

4月2日、大坂城にて。

Oka5357

Kuroda 黒田官兵衛

「…と思ったら、紹介相手を忘れてしまい…ううむ、きっかけさえあれば思い出せそうではありまするが…」

Ouka 椿桜花

「…」

Kuroda 黒田官兵衛

「ほっほっほっ、気になる品が一つあってな…それさえあれば、きっと何とかなるぞおや? おぬしの持つ赤糸威小腹巻…それさえあれば大丈夫だ。ほれほれ! 急がぬと忘れてしまうぞ!」

Ouka 椿桜花

「…」

Kuroda 黒田官兵衛

「はて? 今、何と申したか? わしは耳が遠くてな。断ると申すのは、わしの空耳か?」

Ouka 椿桜花

「何も言ってませんよ。それより、自分でやっていて虚しくなりませぬか?」

Kuroda 黒田官兵衛

「…おおおお…おぬしに紹介したい者を急に思い出したぞ」

Oka5364

さんざんもったいぶったあげく、誰かと思えば自分の息子かよ。

7月16日。

Oka5370

天城家の勢力拡大に伴い、椿屋も南奥羽の商人司に挑みます。

Oka5377

あっさりと…

9月22日。

Oka5380

はい、相馬家滅亡。

Tai0018

続きを読む "第40回 天城・徳川戦 開始"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

第39回 天城VS伊達 速攻で講和

1581(天正9)年1月21日。

Oka5138

1月26日、戸石城にて。

Oka5141

Ouka 椿桜花

「そなたほどのお方が弟子になってくださるなんて…(絶句)」

日時場所不明ながら…

Oka5144

Ouka 椿桜花

「お師匠さま、お久しぶりです。お変わりないようで何よりでございます」

2月16日。

Oka5150

伊達にやられました。同盟を結んだ相手が攻め滅ぼされた以上、伊達を事を構えるのもありなんですが…。

3月13日。

Oka5163

葛西家滅亡。

この時点での勢力図。

Tai0007

天城家、奥州北部に揺るぎない地盤を確保しています。

5月4日。

Oka5186

正一位までの道のりは、まだ遠い…。

5月27日、尾道にて。

Oka5198

Oka5199

季節はずれのお中元でしょうか。

6月4日、伊達家に敵対する相馬家に同盟を持ちかけましたが…

Oka5203

それじゃ勝手にやってください。

6月6日、自宅の茶室に足利義昭と天城大鷹を招きました。

Oka5215

Oka5216

Oka5217

よほど権力闘争に嫌気がさしたようです。

7月23日。

Oka5235

ついに天城-伊達の戦いが始まりました。九戸政実が緒戦で仙台城を攻略する大殊勲。さっそく天城大鷹は仙台を居城にします。

Oka5236

続きを読む "第39回 天城VS伊達 速攻で講和"

| | コメント (6) | トラックバック (0)

第38回 長宗我部、羽柴に降伏す

11月7日。

Oka4907

天城大鷹の物腰がもとに戻り、次なる獲物も決定。

1580(天正8)年1月1日、年明け早々に…

Oka4917

龍造寺家に従属していた有馬晴信が突如として叛旗を翻した。

激怒した龍造寺隆信は有馬討滅を宣言。総勢二万もの大軍を率いて出撃する。

Oka4922

だが、島津家久は寡兵と侮る龍造寺軍を巧みに沖田畷に誘導した。畦道である沖田畷で大軍の利を活かせず、足場の悪さに立往生する龍造寺軍に対し、島津軍の鉄砲斉射と伏兵突撃が襲いかかる。

これにより龍造寺氏は、四天王をはじめ主だった士卒が討ち取られ、さらに主君・龍造寺隆信を失ったのである。世に言う「沖田畷の戦い」である。

Ouka 椿桜花

「これで九州の動乱も終わりですね。龍造寺家が壊滅した今となっては、島津に対抗できるものはいますまい」

Shinobi 忍者

「さりながら、島津は中央に対して反骨心が旺盛。致命的な結果を生まねばよろしいのですが…」

Oka4931

1月16日。

Oka4940

1月26日。

Oka4944

徳川 vs 北条の争いも佳境を迎えているようです。

3月11日。

Oka4952

安東家攻略も順調です。

3月15日。

Oka4953

Ouka 椿桜花

「とうとう長宗我部が…。そうですか」

Oka4955

毛利・宇喜多を従え、安芸・播磨・摂津から総勢十一万の大軍で、三方向から総攻撃を敢行したのである。

当初、長宗我部軍は主力を阿波に向け、白地城に本陣を構えていた。敵がどの地点に攻撃を加えても、すぐに救援できるように柔軟な態勢をとっていたのである。

だが、三正面攻撃という事態は想定しておらず、兵力が分断された長宗我部軍は易々と四国征伐軍の上陸を許してしまう。

それでも、長宗我部軍の主力が振り分けられた阿波では、激しい防戦を展開できていたが、衆寡敵せず、長宗我部軍は圧倒的兵力を誇る羽柴軍の前に、激戦の末に壊滅した。

こと、ここに至れり、長宗我部元親は家臣たちの説得を受け入れて降伏。

Oka4975

Ouka 椿桜花

「まあ、滅びなかっただけでも良しとすべきでしょう。しかし、これで九州征伐も避けられなくなりましたね」

Shinobi 忍者

「このまま島津が屈服せねば、必ずや征伐が発せられましょう」

Oka4980

5月20日。

Oka5002

Oka5003

続きを読む "第38回 長宗我部、羽柴に降伏す"

| | コメント (9) | トラックバック (0)

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »